4.空技工廠


バトラムント共和国連邦 ムント州

アフシャーブ

アフシャーブ航空軍技術工廠付近


サハー空軍基地滑走路から勢いよく飛び立った2機の零戦21型は、空技工廠が置かれた第2の都市、アフシャーブへと向かっていた。アフシャーブはかつて旧ムント王国の首都であり、古き良き連邦の文化を知る場所にはうってつけの場所だった。現在は郊外に連邦航空軍の技術工廠が置かれ、日々戦闘機や爆撃機、攻撃機等の開発に追われていた。


彼らは800kmほど飛行し、何事もなく無事にたどり着いた。着陸を済ませ、風防を開けて降りようとした時、小型タラップを整備兵が用意してくれた。タラップから降りると、工廠長が出迎えてくれた。見た目は初老の50歳ほどと言った感じで、聡明な出で立ちであった。


「遠路はるばるご苦労様です。私はここで工廠長を務めております、ジャブール・アヴィギ・カーリッドと申します。」


茶色の軍服に金色のウィングマークと数々の略綬、そして技術将校を表す交差させた2本のスパナと歯車を重ね合わせた金色の徽章が胸元につけられていた。階級は航空軍技術准将。技術将校としては最高位の階級である。1ヶ月ごとに航空軍司令部と行き来しているようだ。ジャブール准将に案内された工廠はとても広く、9本の滑走路と格納庫、15棟の大きな工廠、兵舎、中には娯楽の為の映画館やホール、身だしなみを整えるための理髪店やなんでも揃う小売店などがあり、言うなれば小さな街であった。民間企業の航空機メーカーの社員も研修やテスト飛行で出入りすることもあり、航空軍と言っても民間色が強かった。また、技術工廠内には整備兵を育成する航空整備兵学校が置かれ、未来の整備兵達は日々油に塗れながら、技術を磨いて同期達と切磋琢磨し合っている。

ジャブール准将の案内の後、工廠事務棟の応接室に案内された。5分後副工廠長と整備兵学校を兼任しているルファ・チノーレ・アトフジェスク大佐が部下を連れて応接室にやってきた。


「はじめまして。大日本帝国海軍で戦闘機搭乗員をしておりました、長澤一雄と言います。階級はこちらで言うなれば上等軍曹になります。」

「同じく高部徳義と言います。そうですね、階級は1等軍曹になります。」

「こんにちは、戦闘機のパイロットさん。あたしはルファ・チノーレ・アトフジェスクよ。一応、階級は大佐ね。でも関係ないわ。話は聞いたわよ。さぞかし大変だったね。故郷も親もないなんて辛いわね。お母さんって呼んだっていいのよ。」

「いや、私は大人ですし、今更甘える訳には行きません。見ず知らずの私たちを救ってくださったあなたがたには感謝しかありませんが、まさかお母さんと呼ぶ訳には行きませんよ。」

「強いのね。でも目は悲しそうね。」

「ハハッ。何を今更。でもたまにうなされます。故郷たる日本の風景、父や母や兄弟姉妹達、小学の友達、中学の学友、海軍に入隊しともに戦った同期と戦友、恩人。思い返すとキリがないが哀しくなります。」


大佐は神妙な顔付きで見つめ、それぞれ2人を抱いて頭をさすり、辛かったね。と言ってくれた。初め2人はびっくりしていたが、目から涙が1滴ツー……と流れると次第に涙が止まらなくなってしまった。大の大人が泣くとは情けないが。だが、心の奥深くにあった寂しさは癒えた。彼女の部下はそんな2人を落ち着かせるために、ハーブティーなるものを容れてくれた。この御方は本当に優しかったのだ。まるで母親だった。


1度、ルファ大佐は応接室から抜けると、封筒を持ってきた。ソファーに腰をかけてから、ぽつりと言い出した。


「そういえば、実を言うとサハー基地のホードン少将より命令が下達されたのよ。」


そう言って1枚の書類を手渡した。


─────────────────────

特殊作戦 外部閲覧用(対象者)


宛 アフシャーブ技術工廠副工廠長

ルファ・チノーレ・アトフジェスク大佐


命令下達 1205-3-66-9号


正式作戦名 日本人保護作戦(アフシャーブ作戦)


大日本帝国海軍軍人3名

イヨゾウ・ナシダ 少尉

カズオ・ナガサワ 上等軍曹

ノリヨシ・タカベ 1等軍曹

を技術工廠で保護・秘匿すること。

また、彼らの戦闘機である零式艦上戦闘機を奪取されないこと。


理由

一、現在の空賊に上記3名の身柄及び機体、身代金を要求されている。

一、もし、要求に答えなければ航空軍を攻撃する。


国防省諜報部の調査報告書によると、航空軍には数名の加担者がいるとされている。裏切り者には地獄を見てもらう。そして死ぬがよい。


我が航空軍として要求に屈するつもりはない。秘匿し、殲滅せよ。


以上送 航空軍司令部・第2方面航空軍


許可 ホードン・カリストス・タンダールJr.


大統領 ファルカン・ファン・フォーバックス



※閲覧後は焼却処分すること

─────────────────────


我々は目を疑った。見ず知らずの日本人を助けるのかを。大佐によると、例の光の後の梨子田の不時着の様子と零戦の状態からと技術工廠のテストパイロットが見抜いたのだ。そのテストパイロットは軍上層部に有用性を進言し、司令部としては正式に保護しようと決断したのだった。当時、要撃に参加したサハー基地所属の航空兵(当時、陸上要撃戦闘機Lk-F485に乗り込み、対処に当ったアベンジャー第1小隊、2番機。)はこう語った。


「連中は恐ろしく冷静だった。2番機か3番機を前に、いつでも撃墜できるように照準を合わせ、引き金を引けるようにしていた。だが微動だにせず、編隊を保ちつつ飛行した。とんでもなく肝が座っている。あれは死線をくぐり抜けた猛者だ。空中戦に持ち込んだとしても、我々が堕とされると思う。たとえ性能差をなくしたと言えどもだ。我々の完敗である。」


大佐はハーブティーを飲み終えた2人を気晴らしに戦闘機にでも乗ろうかと2人を誘った。2人は了承し、模擬空戦をした。ルールは1対1とした。因みに使用した機体はもちろん零戦ではなく、こちらで制式採用されているラルズAFP.1Aという単座複葉戦闘機を使用した。使用感としてはおおよそ巴戦に有利な機体だった。空中機動も申し分はなかった。少しエンジンが非力と思えた。武装は8.5ミリ機銃が機首に2門、主翼に15.8ミリ機銃が2門あった。3人はそれぞれ乗り込み、綺麗に離陸をすると、3000mまで上昇した後1度旋回し、大佐は2人に無線を入れた。


「久方ぶりだけど、血が騒ぐわ!」


「お手並み拝見と致しましょうか。」


最初は長澤が戦うことに。大佐はジリジリと詰めては来ず、様子を伺っていた。長澤は距離を離し、大佐の機を大きく突き放す。大佐はそれに釣られて近づいた。それが罠だと知らずに。長澤が旋回戦にもつれ込ませ、3回から4回旋回させた。その途中長澤の機はわざと失速機動を取る。錐揉みをわざと起こしたのだ。大佐はここぞとばかりに詰めてきた。引き金を引けば勝つと思い、後ろを確認し、引き金を引こうとしたその瞬間だった。錐揉みを持ち直したと思ったら不自然に長澤の機は、急に減速した。大佐本人はさっぱり訳が分からなった。飛行機というものはそういう飛び方もあるのかと思った。だが車のように急制動は掛けられないので大きく長澤の機の前に出ていた。しまった!と思ったら非情にも簡易電探に″被撃墜″の文字が。彼女は思った。とんでもない化け物だと。一度休憩を挟み、高部に交代。次は負けないと意気込んで、


「ちくしょう!次は負けないわ!次は!」


と怒鳴るような咆哮をあげた。だが高部は"空の不動明王"と呼ばれた男、一切無言で臨む彼は忍者の如く大佐の機に近づいていく。

だが大佐は熱を上げていたが冷静になり、近づくのやめ、距離を取っていた。2人の距離は近くもなく遠からずと言ったところ。手を出せば一方は堕ちる射程圏内。彼女は急に翻し、高部の進行方向とは垂直の方向に機を動かした。高部は射線がこちらに向かれていることに気付き、大佐の機の真下に滑り込ませた。大佐は辺りを見回すと少し高部機の主翼がチラついていた。急速に逃げる大佐。高部も気付き、同様な機動を取る。今度は本当に消えた、いや寸分の狂いもなくピッタリと大佐の機の真下にくっついていた。大佐の視界から消えるかの如く。大佐は慌てふためく。


「ん!一体どこに......?」


その時だった、真後ろには高部の機。振り向いた時はもう遅すぎた。逃げれない。蛇に睨まれた蛙。ライオンに追い込まれた草食動物。絶対的な強者と弱者。背後のオーラは正に鬼。ついに大佐は1発も撃つことなく″白旗を振った″。


「これもうダメね。体力が持たないわ。降参よ降参。あなた達は本当に何者?エースパイロットだったりする???悪魔だわ……」


つまり降参した。大佐自身の体力を削りまくり、ヘトヘトになっていた。フィジカルを壊し、完膚無きまでにメンタルをぶち壊されたのだ。名誉のために説明するが、現在45歳にしてとんでもない機動でギリギリまで機体の性能を捻り出し、追い詰めていたこと。彼女は先の20年前の戦争にて6騎の航空魔導師と8機の航空機を撃墜した、れっきとした女性初のエースなのである。

3機は燃料切れも近くなってきたので模擬空戦を辞め、翼を連ねて編隊を作ってから、大佐、長澤、高部の順に滑走路に降りた。そして大佐は体力も底を突いたので整備兵に小型のタラップを用意させてもらい、地上に降り立った。降りて開口一番大佐がこう言った。


「いやぁー......思いっきりやっつけてくれたわね。凄かったわ。認めるわよ。あたしよりも何十倍も上手く飛べるなんて思わなかったよ。貴重な機会だわ......。」


「本日の手合わせ、ありがとうございました!こちらも勉強になりました!また精進します!」


「ずっと飛べていなかったのでいいサビ落としになりました。必ず精進して、強くなります。」


「あはははは、もうこれよ。そりゃあ強いわけだわ。叶わないわ。全部持っていったわね。」


3人は顔を見合せ、少し沈黙の後、あはははと笑った。


以上が日本の海軍軍人を保護する決め手になり、命令を下達したというのだ。大佐はと言うとニッコリはにかみながら、ごめんねっ!そういうことなのよー!と茶目っ気たっぷりに言ってみせた。2人はポカンとしつつも、あぁー、なんだ、そういう事かと、対照的ではあったのだが、何となく理解し、向き合って、この国を守ることに誓った。ちなみに2機の零戦はと言うと、ばらばらにされ研究材料として貢献している。まあ、2人が正式に入隊されるまではバラバラのつもりだそうだ。仕方がないと言えばそうだが。でも大佐はニッコリ微笑んでいた。


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