2.尋問
憲兵隊は大型車両を引っ提げて、梨子田機の引き上げに向かった。不時着した地点に零戦は静かに佇んでいた。一通り調査した後、車両後部に零戦を載せ、サハー航空隊基地へ帰っていた。
「連中、尋問した内容から考えると正規軍でした。ただ、納得いきません。ダイニッポンテイコクとか何とか言っていました。ただ頭をぶつけただけの気狂いじゃないんですか?」
「単なる気狂い……それだけでは片付けられないなぁ。ただ、この機体にヒントがありそうだ。」
「所々壊れてはいるが、おなじですね。」
「尾翼の番号だけは少し違うな。Vは何かありそうだな。それに機体に描かれている帯も何かしら意味していたのかもしれねぇな。」
「引き続き尋問してみます。ただ……」
「項垂れていたパイロット達の事か。」
「連中、死んだと思っています。」
「俺たちが小隊長を殺したと。かなり憔悴し切っています。」
「ケアを十分にせよ。連中は戦争の生き残りだ。ある種の戦争後遺症かもしれん。戦後の復員兵を見たか。連中と同じ目をしていたじゃないか。」
「隊長は確か第4航空軍25憲兵隊に居ましたよね。捕虜は多かったと聞いてます。やはりそういった理由ですか?」
「そうだな。正解だ。」
第2航空方面軍は大日本帝国海軍軍人3名を拘束した。(うち1名は負傷の為、軍病院へ入院。)ただ、全軍司令部によれば不起訴になる可能性が高く、たとえ軍法会議となったとしても、無罪判決が妥当と考えた。彼らは我々の国家に対し攻撃をした訳ではなく、かと言って意図的に領空侵犯をした訳では無い。彼らは超常現象に巻き込まれただけなのだから。
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我々2人は異界の土地に降り立った。本当に右も左も分から無くなっていた。兵隊は茶色の軍服を身にまとい、鉄帽と小銃を携帯し、腕には腕章が着けられていた。小銃の銃口は我々に向かれていた。はっきりしていい気分では無いが。1名の兵士が我々に呼びかけた。
「これからは我々の指示に従ってもらう。」
「はい。」
彼らについて行くと、兵舎と思しき建物に入っていった。建物内は軍隊らしくさっぱりとしていた。お前はこっちだと呼ばれ、部屋に入った。高部は隣の部屋に入っていった。部屋の中には椅子と机があり、机にはペンと紙が置かれていた。しばらくしたら、青年の士官が入ってきた。
「名前と所属は?」
「長澤一雄。25歳、大正8年6月10日生まれ。大日本帝国海軍上等飛行兵曹、台南海軍航空隊です。」
「姓はどちらになる?」
「長澤です。」
「分かった。1つ質問いいか、歳の後に言ったタイショウ?なんだそれは?」
「我々が使用している紀年法、正しくは元号と呼ばれます。」
「了解した。だが、少し待て。ダイニッポンテイコクだと?そんな帝国あったか?」
青年士官は席を外し、分厚い本を持ってきた。その本にはこの世界の国々の名前や国旗、詳細が載っている本だが、その本には大日本帝国は記載されていなかった。青年士官は頭を抱えた。
「やはり無い。どうしたものか……。」
本当にあの"閃光"に巻き込まれたとしか言いようが無かった……。
「本当に巻き込まれたんだな…。」
「我々も訳が分かりません。」
青年士官はいつどこで何をしたかを訊いた。
「あなた方は何をしていた?」
「我々は戦時でありました。ニューブリテン島のラバウルに来て、もっぱらアメリカ、オーストラリアの戦闘機と戦っていました。9月8日、敵戦闘機の要撃任務に当たったあと、閃光に巻き込まれてこのようになりました。」
「そうか。つまりイヨゾウ・ナシダはその敵機に撃たれたと。」
「そうです。なぜ小隊長を知っているのですか?」
「実は、我々は電探によりあなた方を領空侵犯機として要撃した。3機編隊で飛んでいたのだろう?」
「はい。」
「だが、途中で編隊から落伍。不時着した。」
「小隊長は立派に最後を遂げました。我々に生きろと。見殺しにしたのは我々です。責任は我々にあります。」
南部拳銃を取り出し、一発を薬室へ入れた。銃口をこめかみに押し付ける。引金を引けば楽になる。だが士官は慌てて行為を制した。
「まぁ待て、早まるな。無線記録では言っていたな。だが、大丈夫だ。我々が発見し、彼を軍病院まで運んだ。不時着時の衝撃により昏倒、未だ目を開いていないと。」
長澤は全身の力が抜けたのか、ふうと一息ついた。青年士官は胸ポケットから煙草を2本取り出し、1本を長澤へあげた。
「あんたも吸うか?」
「いいのですか?」
「あぁ、とんでもねえ物に巻き込まれちまったな。何、見張りもいないことだし、少し休憩しないか?そんなビシッとしてたら疲れるだろう。」
「お気遣い感謝致します。いただきます。」
タバコを受け取ると、マッチに火をつけて一服した。青年士官はマーチン・サミル・ロンバルドと名乗った。憲兵士官だと言う。この地をバトラムント共和国連邦トラニドス州サハーという。全く分からない地名だった。
「戦争は続いているのですか?」
「何、戦闘解除命令はとうの20年前の話だぞ?俺なんかまだちんちんに毛が生えていないどころか歯も生え揃っていないクソガキだぜ。」
「そうでしたか。聞いても無駄ですな。分かりました。我々はあなた方の指揮命令下に入ります。隊長も助けて頂きました。」
長澤は南部拳銃の弾倉と薬室に入っていた弾丸を取りだし、拳銃をマーチンに手渡した。
「わかった。ナガサワらの身柄は司令部の命令があるまでこちらで生活して頂く。その拳銃はこちらで管理しておく。命令が下達され次第返却する。いいか?」
「はい。」
マーチンは以上で本日の尋問を終了すると言い、我々を連れて2階に上がり、部屋を与えてくれた。空き部屋にベットが4つ置かれており当分はここで生活するとの事だった。部屋の前には交代で憲兵が付いていた。呼ばれるまで出ては行けないとのこと。トイレに関してはついてこいという。部屋のベッドに座り、高部と喋っていた。
「終わったのか?」
「長澤さん、とりあえず終わったみたいです。」
「タバコ吸いました?」
「なぜわかった?」
「なんとなくですよ。」
「マーチンとかいう憲兵の士官がくれた。」
「カナカタバコでは?」
「バカ。そんなもん渡すわけが無いだろう」
「とりあえず隊長が生きていることだけを祈りましょう。」
─────最初の尋問が終わって6日後……
サハー航空軍基地内 航空軍病院
未明。
故郷の空、母親の顔、初めての単独飛行、太平洋の死闘…かわるがわる景色を見た。走馬灯だろうか。私は川のそばに来ていた。そしたら、とっくに顔を忘れかけた祖父が向こうにいた。井代造と呼ばれた。そしたら優しい顔で久しぶりだな、まだお前には早いと諭された。体を見ればボロボロなのだが。川の景色を見てたはずなのに暗転し、光が差してきた。五体の感覚を覚えた。そして重たい眼を開けた……。目を開けた時は月明かりに照らされた、静かな夜だった。知らない暗い天井が見えていた。体に管が繋がれていて、どうやら点滴だった。生きているということ分かる、確かな痛みはあった。体を起こしてみたら、激痛が走る。そんなのはどうでもよかった。体を見ると包帯でぐるぐる巻きにされている。そうだ俺は堕ちたんだ、点滴を引き抜き激痛に苛まれながら足を引き摺って歩いてみた。戸を開け、廊下に出て見ると懐中電灯と白い服を着た婦人、つまり従軍看護婦かと思ったがやけに背が高い。どうでもいい、聞いてみることにした。
「おい!俺の戦闘機はどこだ!さっさと早く空に上げてくれ!」
看護婦はびっくりして振り返り、目を見開きながら口から泡を吹き、卒倒してしまった。バタンという大きい音に気づいた軍医と別の看護婦は走って来た。まさか、ここまで歩いてきたというのかと思った軍医は来た道を戻って、鎮静剤を手にして投与してきた。混濁する意識。立っていられなくなったので軍医と看護婦に抱えられながら自分のベッドに戻った。朝、目を覚ました。足を引きずり、廊下に出て見る。軍医が居ない。今だったら行けると階段まで走る。なんとか目をごまかし、外に出ようとした時、軍医がいた。
「君に飛ばす飛行機は無い。さっさとベッドに戻れ!」
軍医に怒鳴られた。ベッドに戻った後、朝食を食べる。その後、年配の看護婦になれた手つきで点滴を交換し、包帯を交換してもらった。何もすることないので、ベッドで寝そべっていた。ずっと頭の中で撃ってきたワイルドキャットを思い出していた。完全に油断だ。あんな無様をして部下を危険に晒すとは小隊長としては失格だと思っていたその頃だった。戸を叩く音が聞こえた。軍医がたずねてきた。
「君はタフだなぁ。戦闘機乗りかい?全く、限界まで操縦するとは。君ね、裂傷に盲管銃創、貫通銃創、ちらばったガラスによる刺傷全て合わせて28箇所あると言うのに歩けるのか…飛んだ化け物だ。治り次第、憲兵が来る。今は養生せよ。いいね?」
はいとしか言いようがなかった。
点滴と包帯を交換する日々を送っていた。ある日の午後、自分の病床の戸を叩く音が聞こえてきた。戸の向こうから憲兵だ、タカベとナガサワが来た。入っても良いか?と訊かれたのでどうぞと呼びかけると戸を静かに開けた。高部はボロボロの梨子田を見て涙を浮かべ、
「小隊長、生きていたんですか!俺てっきり……てっきり……!」
「馬鹿野郎。死んでたまるか。そうだ、心配かけたな、悪かった。日本人は我々だけがというのはちと心寂しいがな。」
梨子田はポリポリと頭を掻きながら苦笑いをしていた。憲兵は察したのか、病床を出た。終わったら、呼んでくれと言った。一通り共通認識としては大日本帝国のある世界では無いことは確かだった。我が帝国海軍軍人に女性は居なかった。だが、連邦航空軍軍人に女性がいることを確認した。2人はとある日の尋問中、世界の国々を確認できる書籍を憲兵が説明しながらではあるが見たことがあった。アメリカもイギリスも満州も台湾も朝鮮も大東亜共栄圏も何もかもがなかった。空軍兵を見るとごくたまに犬耳や猫耳、はたまたうさぎの耳を着けた人らしきものを見たという。そもそも論ではあるが言語も英語やロシア語とも違かった。我々と話す場合、彼らは首から大きい宝石のようなものが提げられている。我々が喋っているとその声に反応しチカチカ光ることも分かった。3人は今後について話し合った。もしこの生活が終了したとして、この国の航空軍軍人として戦い続けるか、軍人をやめて別の暮らしをするか。3人は少し悩んだ後、互いに見合った。我々は助けていただいた身だ、必ずや恩を返すと。3人は航空軍へ入隊することにした。
飛ばされて1ヶ月は過ぎて来た。夏の残り香も消えて、秋が深まってきた頃、傷もかなり癒えたので軍病院から退院し一般兵舎へ行くことに。長澤、高部らによると粗方尋問も終わったとのことで残りは、憲兵からの命令と零戦について訊かれると言う。零戦はと言うと駐機後布がかけられており、普段見られないような古い格納庫へ移動したようだ。古い格納庫は退役間際の機体や装備等が入っているという。
我々が一般兵舎でやっていたことは、尋問を受けて、食うもの食って、風呂に浴びて、寝るという生活だったが、やることも無いので最初2人は、体力錬成を申し出た。あっさりと憲兵から許可をもらい、たまにグラウンドで駆け足をするという。あとは部屋の中で逆立ちしたまま腕立て伏せをしたり、体力の低下にならないよう務めた。2人は彼らの言語を習得しようとしているみたいだ。まぁ、粗方ではあるが日常会話ができるくらいには話せるという。ある日の朝、朝食を済ませると戸を叩く音に気がついた。憲兵達だった。憲兵達を引き連れている憲兵隊の上官の名はアンソンジー・ダンヴィ・シーベルスターと言う。階級は中佐。にこやかに我々に対し話しかけた。
「勤勉でよろしいですな。」
「いえ、我々はやることもないですし、語学を習熟しようとしているだけでして。」
「衣、食、住、生活には慣れましたか?」
「米と味噌汁と漬物が恋しいですね。」
「コメ?ミソシル?ツケモノ?それはなんですか?」
「我々の古くからある、家庭料理ですね。さすがに我が国の伝統の調味料である味噌醤油味醂等や稲と呼ばれる植物も無いですから。」
憲兵は笑った後、命令を下達した。
「大日本帝国海軍軍人3名、イヨゾウ・ナシダ、カズオ・ナガサワ、ノリヨシ・タカベ、あなた方に対し、命令を下達します。あなた方の祖国である大日本帝国に対しましては戦闘状態ではないのと、超常現象により巻き込まれてこちらへ来たことも分かりました。連邦全軍司令部参謀命令1258号第5条特記第2項により、あなた方を不起訴とします。軍法会議もありません。以上とさせておきます。それと3人には基地司令と会っていただきます。私の後に着いてきてください。」
我々はありがとうございます。と礼を言った。その後梨子田は背筋を伸ばし、
「憲兵隊に対し、頭ァー中!」
憲兵隊は我々の敬礼に対し、見事な答礼をされた。中佐はにっこりしながら、
「仕上がってますね、さすがは海軍軍人です。」
と言った。その後中佐と2人で握手をした。残りの憲兵達は中佐の号令を受け、持ち場に戻って行った。とある憲兵隊の兵隊は憲兵隊本部へ戻ってあるものをケースに詰めて中佐の元へ帰ってきた。兵隊はケースを開けて、
「あなた方の拳銃です。返却致します。」
と言い、3人に南部拳銃を返した。中佐がそれでは着いてきてください。と言うと、過ごした部屋を出て、基地司令室と向かっていった。
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