ゆうひとあさひ③_20241119

・あさひ

「やほ、遊びに来たよ」

 ゆうひの家はいつも散らかっている。ゆうひのお母さんが散らかしているのだ。白くなったタンポポを山ほど摘んできて、その綿毛の一本一本に息を吹きかけて飛ばしている。

「あなたも楽しいから、やったらみ? ア、間違えた。やってみたら?」

「ケッコーです」

 ゆうひのお母さんは空気が読めない人っぽい。あたしとゆうひが一緒にいるときも平気で部屋に入ってくるし、あたしがトイレを借りた時も勝手にトイレに入ってくる。

 そういうことは非常識なことだし、ゆうひだってそんなことしないのに。どうして非常識なことばかりする。

「ゆうひのママって、どういう人?」

 ゆうひの部屋で、耳打ちで尋ねると、ゆうひは「しっ」と人差し指を唇に当てた。それから、あたしの耳元に口を寄せた。

「人じゃない」

「ほぇ?」

「わたしのお母さんは、人じゃないの」

 なんじゃそりゃ。じゃあ「じゃあ、ゆうひも人じゃないの?」

 あたしはゆうひのお母さんの姿を思い返した。たしかに、耳からもやしとか生えていたなぁ。

「わたしは、人。でも、お母さんは、今のわたしのお母さんは、前の、本当のお母さんを乗っ取っている。本当のお母さんに擬態しているの」

「ほえぇ。まじですか。まじですかー!」なんじゃそりゃ。「じゃあ、一刻も早く、倒さないといけないね。ほんとのママを取り戻さないと」

「いや、でも、もう本当のお母さんは死んでいるから……。背骨が、お母さんの背骨が、偽お母さんに奪われている」

「じゃあ、偽物ママからほんとのママの背骨を取り返したら、ほんとのママが返ってくるかもしんないじゃん」

「あっ……わゎゎ、確かに。確かに確かに」

「作戦会議をしよう」


・ゆうひ

 あさひちゃんはとてもやさしい。わたしはときどき自分が憂鬱であることを忘れている。

「それって、幸せなことだよね、ね、ね」あさひちゃんはたぶん、そう言ってくれる。

 わたしが玄関で靴を履いていると、偽お母さんがやってきた。

「おい、私の子供、どこへ行く? 今日の夜ご飯、ナニにしようか、考えていたのだけれど」

「ちょっと、散歩に行ってきます」わたしは最近、偽お母さんには敬語で話すことにしている。敬語をやめてしまったら、わたしはこの偽物を本物のお母さんと同じように扱ってしまうことになる。本当のお母さんだと信じてしまうかもしれない。

「ちょっと、散歩に行ってくるんです」

 偽お母さんはわたしの顔をじっくりと観察してから、「ソ、気を付けてくださいね」と言って、戻って行った。

 ふうぅ。偽お母さんがリビングに戻ると、わたしは止めていた息を吐き出して玄関を出た。緊張していたのと、あと、ふつうに偽お母さんが臭い。息を止めていてもちょっと臭ってくるくらいには臭い。

 作戦会議の場所は、この前遊びに行ったショッピングモール。待ち合わせのカフェにはもう、あさひちゃんとうすべにちゃんが到着していた。わたしを待っていた。

 三人で同じ飲み物(キャラメルラテみたいなやつ)とポップコーンを頼んだ。

「それでそれで、こんどは二人で何するの? 私、とても楽しみなんだけど」うすべにちゃんが目をきらきらさせて言った。

「うすべにも仲間だよ。あたしたち三人で一緒にやるんだよ」あさひちゃんはわたしの肩に腕を回した。わたしもなんとなく真似をした。

「何を」

「ゆうひのお母さんを殺す」

「殺す!?」うすべにちゃんの声がひっくり返った。「ここここ、殺す!?」

「ゆうひのお母さんは今、偽物だから、殺してほんとのママを取り戻す」

 うすべにちゃんはなるほどと頷いた。「そゆことねー」

「だから、うすべににも手伝ってほしいんだよ」

「よい。私は二人が一緒にいるのを見てるのが好きだから。よい。べつにいいよ」

 うすべにちゃんはわたしたちのことがとても好きなのだ。学校でも、わたしとあさひちゃんがお昼ご飯を食べているときずっとカメラを構えているし、登下校にもついてくる。

 あさひちゃんはポップコーンを鼻に詰めながら、偽お母さんを殺す方法を考えている。その様子を見て、うすべにちゃんが「アハハ!」と笑っている。

 しばらく考えた後、ふんっふんっとポップコーンを吹き飛ばして、あさひちゃんが顔を上げた。

「決めた! 作戦はこう。あたしの超パワーでゆうひの偽ママを蹴り殺す。以上!」

「えええぇ!? なにそれ完璧じゃんっっ」うすべにちゃんが目を見開いて言った。「あさひの超パワーなら不可能なことなんてないよ」

 うん。うん。わたしも何度も頷く。

「完璧だ。完璧な計画だ。でも、本当のところを言うと、私、二人で一緒にやるところを見てみたいんだよなァ」

「わたしも、偽お母さんを殺すということ?」

「うん。二人でさ、いっせーのせ、でさ、殺すとこ、見てみたいんだよなぁ」

 うすべにちゃんの言葉に、あさひちゃんは腕を組んで天井を見上げた。

「ほあぁ。確かになぁ。ゆうひの偽ママなんだし、あたしだけでやっちゃうのは、ダメだよなぁ……。じゃあ、こうしよう。ゆうひも超パワーの特訓をして、それから、一緒に偽ママを殺しに行こう。一緒に超パワーキックをお見舞いしてやるんだよ」

「それ、いいかも」

「いいじゃん、いいじゃん。最高じゃん」うすべにちゃんは椅子の上でぴょんぴょこ飛び跳ねている。

「よォーし。それじゃあ、明日から二人で特訓だ!」

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