死ぬしかない(ゆうひとあさひ)_20240927
・ゆうひ
単なる現象として、「死ぬしかない」が存在している。わたしはそう感じた。今日、そう感じた。いつもとは違って、いつもの、あの、どうしようもない「死ぬしかない」と違って、眠れない憂鬱とは違って、無感動に「死ぬしかない」の存在を感じた。
「死ぬしかない」。誰かに言っているのではなくて、自分を慰めるためでもなくて、ただただ「死ぬしかない」。もう「死ぬしかない」。どうしようもなく「死ぬしかない」
わたしは、誰もわたしのことを、わたしのすべてを理解してくれないことを知っている。助けを求めても応えてくれないことを知っている。だからこそ「死ぬしかない」。もうこれしかない。
きみどりがわたしの靴を隠したのが始まりだった。あおむらさきが便乗して、仲間を煽って、わたしはあの子たち(わたしを無視したのはあの子たちだけじゃなかったし、わたしがいじめられているのを知っていた子はほかのクラスにもいたはずだ)の公的な標的になった。
わたしは「死ぬしかない」。わたしの手首には、いくつもの切り傷があって、以前はそれを見ると、慰めのような、自分で自分を抱きしめているような、傷を舐めているような、そんな気分になったけれど、今は何も思わない。わたしの部屋の、地味な部屋のわたしの机の横の引き出しには、いつかの日曜にホームセンターで買ったバーベキュー用の木炭があって、何度も引き出しを開けては木炭の数を数えていたけれど、今はもう何も思わない。手が汚れるから触るわけでもない。
わたしは死ねる。いざとなったら、すぐにでも死ねる。首に巻くためのロープをベッドの下に隠したり、薬局で買った錠剤の瓶を鞄に忍ばせたりしていた。いつでも死ねるように、死ぬ保険をいくつも用意して、死ぬための自信を育んでいた。何もできないから。わたしは何もできなくて、ただ一つできることは死ぬことだから、わたしは死ぬ自信を育てた。
でも、いまは「死ぬしかない」。本当の意味で、自信とか、覚悟とか、そういうものまったく関係なく「死ぬしかない」。周りの同情を誘うためでもなく、きみどりたちへの報復でもない。
ただ純粋に「死ぬしかない」。
・あさひ
きょうはあたしの嫌いな男のセンセーが屋上にいて、あたしはあいつを殺してやろうかと思った。いやいつも思ってるけど。いつ殺そっかなアーって思ってるけど。でも今日はあたしの嫌いな男のせんせー(名前はホワイトだったけ)は素っ頓狂な声で叫んでいて、あたしは暇つぶしに殺意を抱きながらホワイトの叫んでいるのを屋上の隅っこで隠れて聞いた。
「お、おい、お前、何をしているんだよそんなところで、お、お、おりて、じゃない。こっちに、こっち側に、戻ってきなさい」
ホワイトは片手を前に出して、眼鏡の奥の卵みたいに飛び出た無駄にでかい目ン玉をひん剝いて血走らせて屋上のフェンスに叫んでいる。フェンスの向こうには女の子がいて(ショートカットの髪の毛)、裸足で立っている。
「そんなところにいないでさあ、な? 戻ってきてくれよ。まさか、し、死ぬとか考えてないだろ? 困るんだよ。お前、生徒に死なれると困るんだよ! 俺の月給とか、あの、三年の担任のえんじ先生とせ、せ、セックスできなくなるし、もうちょっとなんだよ。今求愛行動の途中なの! いいところなの! それに、お前、お前、女だろ? 女生徒(ホワイトはおんなせいとと発音した。死ね)は大人になると、女になるよな? つまり、セックスを男とするということだよな!? 今から、もしかしたら今から、俺がお前に求愛行動しておいたら、もしかしてお前が女になったら俺とセックスできる!? 俺はお前女とセックスできる? ということだよな!? アー!! じゃあ死ぬな! 死ぬな! 死ぬな! 死んじゃだめだ! なんせお前は俺と将来お前が女になったときにセックス俺とするんだから。死んじゃダメらぁょ」
本当に気持ち悪くてあたしは吐いた。吐瀉物を屋上に吐いた。つまりあの頭のおかしい人間どもの頭上に吐いてやったわけだ。あたしの体から出たものなんだから、まああたしよりは汚いとしてもあいつらに比べればはるかにきれいなはずだ。美しいまである。感謝しろよ!? お前ら、あたしの吐瀉物を頭の上に吐かれて感謝しろ。
フェンスの向こうの女の子はホワイトの方を振り返った。横顔が見えた。白い頬っぺたで、目元には隈があって、両目をホワイトに向けている。
「はやゃ!? もしかして、応えてくれる!? 俺の求愛行動に、女生徒(おんなせいと、とホワイトは言った。気持ち悪い)の段階でまだ女ではない段階で応えてくれた!? ああ! うん! いいとも! いいとも! やろう! セックス、やろう! ただし焦ってはだめだ。お前が女になってから、俺がセックスをやってやるからな。うん」ホワイトは腕を組んでうんうんと頷いた。
勘違い野郎を殺す時だ! あたしは強く決意した。ホワイトの所へ全力で走っていく。ホワイトは気付かず喜びの奇声を上げている。こういうやつは死んだほうがいいんだ。こういうやつら、つまりあたしの嫌いな奴ら、あたしが見ていて腹が立ってくる奴らは死んだほうがいい。絶対に死んだほうがいい。
女の子と目が合った。女の子はぼうっとあたしのほうを見ていて(なんだかかわいいかも)端正な顔立ちだった。あたしは女の子に心の中で呼びかけた。「もう大丈夫だよあたしがこのムカつく人間未満を殺してやるから」
走る勢いそのままにあたしはホワイトの背中にドロップキック!
「おわぁ!」
あたしは超パワーを持っている。
あたしの超パワー付きドロップキックを食らったホワイトは吹っ飛んで、フェンスに激突した。フェンスは超高硬度鉄で出来ているので、超パワーをまともに食らったホワイトはフェンスの格子を切断されながら通過してところてん状態で空中に飛び出した。そのまま校庭に落ちて、べちゃりと音を立てた。
肉化完了!
あたしはすごい達成感で、誇らしかった。ムカつく奴を殺してやった。これが生きるってことなんだ。
「うわあー」
女の子が言った。あたしが目を向けると、女の子は校庭に落ちた肉化ホワイトを見ながら手の甲で拍手をしていた。「その手があったかぁ」
「なにが?」あたしが聞くと、女の子は拍手をやめて振り返った。
「あーいう手も、あるんだね」
「なにが? ていうかきみ、だれ?」
「ゆうひと言います」女の子はフェンスをよじ登って内側に戻ってきてから、ゆらりと頭を下げた。
「あたしはあさひだよ。今の見た? 久々の全力超パワーで、ホワイトを殺してやったw」
「すごい、すごい」ゆうひはまた手の甲で拍手をした。「あさひちゃんすごい」
「そんなにすごいかな」ちょっと照れる。まあ、あたしの超パワーはすごいけど。
ゆうひは何度も「すごいすごい」と言って、拍手をした。ゆうひの賛美が終わるまでの間、あたしは腰まである髪の毛を指に巻き付けたり、食べたりして待った。
ゆうひが拍手をやめて、言った。「あさひちゃん、わたしにも、超パワーを教えてよ。わたしも超パワーを使ってみたい」
「いいよ」かわいいし。「ゆうひがかわいいから、いいよ」
あたしがそう言うと、ゆうひは真顔のまま、ぴょこんとジャンプした。
「やったあ」
それから、また手の甲を打ち合わせた。
「「殺すしかない」があったぁ」
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