第3話 魔王の王妃と側近

 あれから、俺はコンビニバイトを終えて暗黒界へと帰ってきた。


 相変わらず、どす黒い空に禍々しい大地だ。俺は生まれた時から、この光景が当たり前だと思っていた。


 しかし、人間界は違う。こちらとは正反対の青い大空に、人間たちは元気よく生きている。そんな環境のいい世界に生まれた奴らを、俺は少しだけ羨ましいとも思ってしまう。


 俺が居住している魔王城の入口にたどり着くと、一人の門番はすぐに片膝をついた。


「魔王様! おかえりなさいませ!」


 防具と剣を装備している皮一つもない骸骨の門番。彼を見ながら、ある人物を思い浮かべる。


「ヴァンゼルを呼んでこい。玉座の間で待っていると伝えろ」

「はっ!」


 元気のいい返事が聞こえると、門番は城の扉を開ける。そして俺は――奴を待つために、玉座の間へと向かうのだった。




 ・・・





「魔王様、このヴァンゼル。ありがたきお呼び出しを受け、やって参りました。本日はいかがなさいましたか?」


 身長の高いやや細身の体格。肩まである桃色の髪に綺麗な顔立ちから、魔界中の女どもからモテまくっている。羨ましいぞこの野郎。


 青い肌色に背中に黒い翼を生やしている、俺の側近――ヴァンゼルは右手を胸に添えて深々と頭を下げていた。


「よく来たな、ヴァンゼル。早速だが、お前に頼みたい事があってな……その聞いてくれるか?」


 俺は玉座に深く腰掛け、ヴァンゼルを見下ろす。


「はっ、なんなりと申してください」

「人間界に住む女児が気になってるから後をつけて来い」

「……え?」

「ん……? あっ」


 ヴァンゼルの目を丸くした表情に、俺は後悔した。そして奴は……ため息をついた。


「はぁ、魔王様……いや、ネクロス。お前とは幼馴染の頃からの付き合いだけど、失望したぞ。王妃殿がいるというのに、ついにロリコン犯罪者になるなんて――」

「待てヴァンゼル! 言葉が足りなかった! 親友として俺の話を最後まで聞いてくれ! 後、敬語はどうした敬語は!」


 こいつは小さい頃からの幼馴染で一番の親友だ。魔界でも数少ない、対等に話せる男。超イケメンなのはむかつくがな。


「いいだろう、別に。今は配下たちもいない、久しぶりにお前の頼み事を聞くからさ。それで、俺に何を頼みたいんだ?」


 ヴァンゼルが爽やかな笑みを見せると、興奮して立ち上がった俺の体は、玉座へと腰掛けた。


「最近、俺が人間界で働いていることは知っているな?」

「ああ、確か……コンビニという建物で働いて頑張ってるんだったね。それで?」

「常連客に、小さな女の子がいる。その子がこの俺に妙な事を言いだしてな」

「へえ、その子は何て?」


 俺は、あやかの言葉を思い出す。母親が意識不明で入院している。俺はそれがどうしても気がかりで、少し俯く。


「母親が突然、意識不明で入院しているそうだ。元々、病気を患っていたそうだが気になってな。意識不明の原因を、お前に見つけてほしいのだ」

「なるほどね。もしかして、思い当たる事があるのかい?」


 暗黒界や人間界の他にも、全部で世界は7つある。俺はとある世界を思い浮かべた。


「死神界の者が、少女の母親を意識不明にさせたのではないかと推測している。そこでお前に、少女の監視を頼みたい。恐らく、次はあの子が危険な目に合うかもしれないからな」

「それはいいけど、死神が犯人だったら……その時はどうするつもりだい?」


 ヴァンゼルの問いに、俺は静かに拳を握りしめた。


「無論、この俺が直々に葬ってやる」

「死神界の怒りを買っても知らないよ?」

「ふん。どんな輩の怒りを引き起こそうとも、俺は叩き潰すだけだ」


 俺がニヤリと笑うと、玉座の間の入口からきしむ音が聞こえる。扉がゆっくりと開かれ、現れたのは――。


「あらあら。旦那様がそこまで張り切るなんて、よほど嬉しい事があったのでしょうね」


 落ち着いた女の声。眼の前に現れて、こちらに近づいてきたのは、この俺の王妃だった。


「ミレフィーヌ、聞いていたのか?」


 俺は突然現れたことに驚き、玉座から立ち上がった。

 奴はミレフィーヌ。俺の王妃だ。腰まである黒髪は一目見るだけ美しい。雪のように白い肌に、黄色い瞳。純白のドレスを着た姿は本人の美しさと相まってとても似合っている。


 俺が愛する女。ミレフィーヌはおしとやかに、口に手を添えて微笑んでいる。


「もちろんですわ。あなたもついに、そういう趣味をお持ちになったかのかと思うと、王妃であるわたくしも胸が痛みますわ」


 自身の豊満な胸を両手でおさえるミレフィーヌ。って、なんで俺がロリコンみたいな扱いになっているんだ! 俺は彼女へ早歩きで近づいて反論した。


「待て待て!? 誤解だ誤解! 別に俺は、あの少女の事が好きなどとは言ってない! あの子が悲しそうな表情をしていたから助けたいと思っただけで――」

「ふふっ!」

「ふっ……」


 突然、ミレフィーヌとヴァンゼルはおかしそうに笑う。俺は理解できず、ただ呆然としていた。


「やっぱり旦那様は変わった魔界人ですわね。昔からそう、誰もが恐れる魔王なのにどこか優しい一面を持っている」

「王妃殿の言うとおりです。ネクロス、お前から直々の頼みだ。お前が納得いくまで、喜んで強力させてもらうよ」


 ヴァンゼルの嬉しい言葉に、俺は飛び跳ねそうになる。いや、別に嬉しすぎてはしゃぐ事はないからな。


 気持ちを隠し、俺は軽く笑みを浮かべた。


「ふっ……よろしく頼むぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る