第四話 ぬくい季節

 春が伸びて、本当に良かったよ。


 春は嬉しそうに枝をぐんぐん伸ばして、踊り子のように桜を舞わせていた。桜のピンク色は、初恋を覚えた乙女の頬のようだった。そんな上機嫌な春を見るのは初めてだったから、すごく驚いたよ。嬉しそうなその姿を見ると、照れ臭いけれど、良いことをしたんだなって思う。


 ちょっと疲れたし、少し眠ろうか。夏を消すのにも体力を使ったな……。

 睡魔すいまが瞼を下ろしにかかっている。別に寝る必要もないんだけど、どうしても心地良いから、辞められない。微睡まどろみの中で、そんなことを考えながら眠りかけたその時、下の方から酷い熱さを感じた。


 それは、夏を思い出す温度だった。


 飛び起きて下を見ると、なにやら地上が騒がしかった。耳を澄ますと「夏を取り戻せ!」と声が聞こえる。


 ああ、届いてしまったのか。めんどくさいことになったな……。まあ、不干渉の契りがあるから、どうってことないんだけれど、眠りの邪魔をされるのは困るなあ。

「うーーーん」

 せっかく春がこんなにも活き活きとしているのだから、君たちも少しは春に身を任せれば良いのに……。


 それにしても不思議だ。

 不干渉の契りがあるはずなのに、どうやって夏の死を彼らは知ったんだろう。


 ──もしかすると、本当は夏の声なんて、地上へ届いていないのかもしれない。いやだって、夜空を見上げて、さそりとか双子を見ることができる生き物だ。星を勝手に繋いで、それを星座と呼び、それで性格を推察したりする。のが人間だ。何も不思議なことはないのかもしれない。たまたま──そう、きっと全くの偶然の出来事なのだろう。というか、そうじゃないと、こっちまで来られたらすごい困る……。

 夏の代わりの季節を作ったのだから、少しは静かにして欲しいよな。まあ、それも伝えられないんだけど……。


 ん? 不干渉の契りがあるのに、何でこっちからあっちは観測できるんだっけ? 付帯条件に書いてあったっけな……。

 その書類を捜そうと、チラッと机を見ると、絶妙な均衡を保った山積みの契約書が視界に入った。めんどくせえ、いいや。

 なんだか地上の暑さも、良い感じに暖かく感じてきたし、少し部屋を冷やして寝るか。


 下は大火事、上は大洪水

 あのなぞなぞの答えって、何だったかな。

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