第2話 ベンチでアイスを食べる

 結局、京香と優里亜はお金を出し合ってポキアイスを買った。

 再び道路をポンポンと渡って、バス停のプラスチック製のベンチに腰掛けた。次第に熱が貫通してくるベンチだった。

 バス停のベンチに屋根はない、ただベンチが海岸との間のコンクリの壁にピッタリとくっついているだけだ。

 ベンチに座ればコンクリの壁で、直射日光は当たらない、しかし日陰にいようとじっくりと湿度よりも包み込まれるような蝉の声に蒸される。

「はい」

 京香は適当に折ったポキアイスを優里亜に渡した。

「ありがとぉ?」

「ん?」

「サイズが違うんですけど」

「優里亜は70円弱、私は100円、七対十でしょ」

 ポキアイスはアイスをクッキー生地が包んでいて、節がいくつかあり七対十にうまく割れるのだった。

「けちくさ……」

 呆れと暑さからくる、投げやりなリアクションだ。ぽかんとする優里亜を尻目に京香はすでにアイスを食べ始めていた。そしてアイスを見つめ囁くように言った。

「……ねぇ優里亜はさぁ、高校卒業したらどうするの?」

「どおって……大学かなぁ」

「そうじゃなくてもっと先。十年後、二十年後、やっぱ優里亜も島に戻らないの?」

 優里亜は未来が漠然とも想像できていない。本当は少し見えているのだが未来が全てを荒野のような気がして深く考える事を避けていたのだ。自然とポキアイスをグッと強く握った圧力で、中から溢れ出そうになったアイスをうまく口に運んだ。

 道路から陽炎が立って、姿の見えない蝉の声がすえう。

「だってここ、何もないよ、自然しかない、車がないと何もできないし、この島を出ないと何もない」

「まぁド田舎だからねー」

 ド田舎と言いつつも京香は本当は何もないこの田舎を愛していた、しかし現実的に考えて、この島に残ると彼女の就きたい出版業界に就職するとこの自然豊かな田舎に残れず、二律背反な状況だった。これも彼女をメランコリックにさせていた。

「京香はどうするの」

「わたしぃはー適当に入れる大学にいって、適当な会社に就職して、まぁいつか帰ってきたいなぁ」

「なんか壮絶だね」

「壮絶?」

 京香は疑問符をつけて返したが、本当はぼんやりと壮絶の意味を理解していた。

「だってそうでしょ、いつ帰るかいつ帰ってこられるかわからない」

 軽い風が二人の間を抜けた。

「でも、優里亜も都会、行くでしょ」

「うんまぁね」どこか寂しそうに言った「あー嫌だなぁ、永遠にだらだらしてたい」

 二人とも会話中に一度も顔を合わせていない、顔を合わせてしまったら真剣度が嫌にまし、会話を続けられない気がしたのだ。それでも話さねばならない、自分の不安を相手に遠回しながら吐露したいと、思っていたからだ。二人はただじっとアイスを眺めてながら話していた。

 顔を合わせないメランコリック同盟の会話は、ずっとお互いあえて踏み込まない、急所をうまくずらし、はぐらかしていた。

 優里亜はアイスの最後の一切れを口に放りこんだ。最後のオアシスが口の中に広がった。

 京香はまだ数口分残っていたが、会話を続けるには最後の発言から時間がたちすぎた。

 颯爽と吹き抜け、木々を騒がしくさせる夏のぬるい風が吹いた。

 風が吹く時だけ蝉が静かに聞こえる。

 夏のぬるい突風はアイスの入っていた袋を巻き上げた。

「あ!」

 京香の手は袋を取ろうと何度も空回った。優里亜は袋をぼんやりと眺めていた。

 空中でくるりんくる、と自由に踊りながらアイスの袋はコンクリの壁を越えてった。

「やべ、超えれるかこの壁」

 進路や未来の話はメランコリックな心に響く。話をうまいこと切り替えたい、という思惑が京香をアイスのゴミに惹きつけさせた。

 京香は二メートルぐらいあるコンクリの壁を見上げた。

「しばらくあっち側に行けば階段があるでしょ」

「次のバス何分後? 取ってくるわ」

 スランプ中だが陸上部は気合いを入れ、元気そうに言った。一旦、早く立ち去りたかったのだ。

「次のバスは……」優里亜はスマホで時間を確認した「あと……45分」

「余裕だね……」

「ほんと……」

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