バスを待つ二人
澁澤弓治
第1話 このバス停で降りよ
下校時、バスの一番後ろの五人がけシートに、腰掛ける女子高校生が二人いた。ガラ空きバスの乗客はその二人だけだった。
高校の最寄りのバス停からバスに乗って発した言葉といえば、京香の「あぁ涼しい」くらいで、数分間お互いに無言だった。
右頬を窓と接近させ、視線も全てをバスに任せているのが優里亜。
五人がけシートのど真ん中に座り、正面の大きなフロントガラス越しに前を眺めてりるのが京香だ。
優里亜はショートヘアでどことなく頼りない、それは彼女の気だるい表情と、華奢な体つきがそう思わせるらしかった。そして気だるい表情は高校生になっても未だ自分が何をしたいのか、どうなりたいのかが漠然とも考えられなず、しかしながら、どうダラダラ過ごそうと、時間はすぎ将来はやってきてしまう、その不安よりも抽象的な透明な重りがそうさせるのだった。
京香はボブで溌剌としたオーラを漂わせている。しかし彼女は今、陸上部で絶賛スランプ中だった。彼女は最近、小さなミスをしてから、不思議と集中が続かず、飛べばバシバシとハードルに引っ掛かり、タイムはじりじりと悪くなる一方だった。今日はスランプを抜け出す為のほんの気晴らしで部活に寄らず帰っていた。
言うならば二人はメランコリック同盟だった。
「あーめんどくさー」
隅っこに水垢の残る窓越しに海を見るのをやめ、天井に視線を移しながら、優里亜は言った。
「どうしたの、急に」
「将来のこと考えましょーとか聞き飽きたし、なりたい職ぎょーとかないよー、ニートになりたい無職で生きていきたい」
「ほんと、耳にタコができるね、せんせー達はさーなりたい職業就けてるし、参考にならんよな、まぁそんなこと言ってらんないけどさ」
「頑張れば出来るって、いつの時代だよ、頑張っても中学生英語だし」
独り言のように自虐的なことを言って優里亜は失笑した。
次は桃ヶ浦と、アナウンスされたいつも彼女らがスルーするバス停だ。
バスはバス停の前で減速した。いつも小さな老婆を乗せるのだ。
「よーし」
京香はバスが止まるかどうかの瀬戸際で、意気込むと駆け足でバスを降りようとした。それはフラストレーションのふいごのような発散だった。ふいーと押されバスの前方へ、今度はバスのドアに吸われていった。
「ちょ、京香、待って」
優里亜は少し京香に遅れた。席を横に移動するのに少し時間がかかったのだ。バス停で入ってきた小さな老婆とぶつかりかけた。
「あぁごめんなさい」
「優里亜、おそーい」
京香は既にバスを降り、左右に揺れて肩掛けバックを振り回していた。後ろにはコンクリートの塀とプラスチック製の青いベンチが見えた、ベンチの足にはカラメルのような錆が浮いていた。塀を超えれば海が見えるはずだが、2メートルはある塀のせいで跳ねても海は見えないだろう。
「そんな急に降りないでよ、てか桃ヶ浦ってなにがあるの?」
同じ島の中だが、二人の中で桃ケ浦は殆ど島の北と南を繋ぐ道路くらいの認識だった。
「知らんよ、そんなコト」
「じゃーなんで降りたの」
「なんとなく、あー降りてーみたいな」京香はケタケタと笑った。「でも思ったより暑かったな」
道路を挟んだ向こう側には小山があった、その下には誰が利用するのだろうか、ポツンと小さな商店があった。店名の看板も掠れ薄い、タバコの文字なんて、特徴的な赤の雰囲気でわかるだけで文字は読めない。
山が鳴いているように蝉の声がけたたましく、一層暑く一層湿っぽく感じた。
バスは既にワッフルみたいなコンクリートの上に溶けかけた抹茶アイスみたいな木々の栄えた丘の狭間に消えていった。
京香は小さな商店に狙いを定め、
「あーいす食べよう、暑すぎる」
と、言うと左右をキョロキョロと見て、道路をポンポンと渡っていた。当然、横断歩道ではない。
またしても優里亜は引っ張られる形で、ちょっとオドオドしながら道路を渡った。
商店といっても個人経営的な店で、外には上面がガラス張りのアイスの入った冷蔵庫があった。
側面の掠れたアイスの文字を京香は見たらしかった。
「京香早いって」
「陸上部舐めるなよー」京香は中学から陸上部だ「てか、ポキアイス高くね」
ポキアイスとは割って食べるアイスのことだ。
「そんなもんでしょ」
「少し足りないなぁ、貸して」
「安いの選べよ、これとか」
優里亜は気だるげに、99円の棒アイスを指した。
「じゃあシェアポキしない」
「何がじゃあなのさ、そもそも高校生が所持金100円ってどういう事なの」
「今日は学校でジュース買っちゃたし」
「デブるぞ」
「……でもポキろう、次のバスどうせすぐ来ないでしょ」
「次のバスいつなの」
「知らない」
「でもいつも私たちが乗るバス停は一時間に一本だけど、ここで一時間とかきついな……」
「じゃあ、ポキってそれから考えるって事で……」
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