第2話 上には上の不幸がある

 ローズは父の屋敷の庭園に流れる川のそばにいた。対岸にいる美しい少年と目が合った。彼は初恋の相手であり長らくローズの王子様だったが、あれ以来一度も会うことはなかった。その少年が目の前にいる。


 今日こそ名前を聞こうとしたら少年の顔が河童に変わりギョッとして目を覚ました。

 そこはカウチの上で美しい部屋だった。窓際の椅子に座ってこちらを見ているジャケットを着た河童がいなければ。


「気分はどうかな?」よく通る若い男の声で河童が聞いた。口が動かないのに声がどこからか聞こえてくるので不気味だ。


「大丈夫です」少し声が震えた。


 東洋の書物で読んだ河童は水辺で遊んでいる人間を捕まえては内臓を抜き取って食べるという。単なる迷信だと思っていた。今すぐ逃げたいがすぐに捕まるに違いない。


「ここはどの辺でしょうか?」まずは近隣の情報を集めることにした。

「その前にきみの名前は?」


「申し遅れました。ローズ・フェザリントンです。あなた様は?」まさか河童に敬語を使う日が来るとは夢にも思わなかった。


「僕はキール・ウォーターランスルー。ここはカピストラーノ王国の僕の宮殿だ」


 カピストラーノ王国? 聞いたこともない国だわ。ローズは大の読書好きで地理にも詳しかった。同世代の子女たちが結婚相手探しに夢中になっているときでも自分は本を読んでいた。


「あの、地理が苦手なものでして。カピストラーノ王国の隣国はなんという国でしょう?」知らない国というのは失礼なので自分が無学な振りをした。

「隣国はない。ここは地図には載っていない国だ」


 何を言っているのか。ちょっとおかしい。いやそもそも河童と地理の話をすることがおかしい。


「強いていえば」キールが続けた。「きみらの国のはるか北方にある国だが所在を知る者はいない」

「どうしてですの?」


「資源が豊かな国だからだ。敵国の侵入を防ぐために所在を知られないようにしているんだ」

「さようでございますか」


 河童のたわごとなど聞いていられない。早々に退散せねば。


「大変お世話になりました。気分もよくなり国に帰らねばなりませんので、お暇させて頂きます」


 そういってローズがカウチから立ち上がるとキールも立ち上がっていった。


「それはならぬ。今日からここがきみの国だ。きみは僕と結婚するのだ」

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