子爵令嬢はゴンドラに乗ってご帰還~河童の王子と秘密の水上都市~

池田クロエ

第1話 人生は罰ゲーム

 人生は罰ゲーム。ローズ・フェザリントンは十四のときからかそう思って生きてきたが今はそれを確信している。何しろ今日、雨乞いのために人身御供として差し出されたのだ。


 青いブーケを持ち美しい髪飾りに純白のウェディングを纏い、一人湖の洞窟の中に坐っている姿は神への供物そのもの。あと一時間もしないうちに彼女はこの世から消える。


 一体何のために生まれてきたのか。


 彼女はミズーリ公国の裕福なフェザリントン子爵家の長女として生まれた。ミズーリ公国は水源に乏しい国だ。それでいてひとたび大水が出れば国土の三分の一が水害を被る治水に課題を抱えた国でもある。


 それ故、昔から水神信仰に厚く十年に一度水神に人身御供を捧げる儀式を行う。選ばれるのは十六歳から二十二歳までの処女と決まっていて歴代の人身御供たちは国王から勲章を授かるほど称えられた。しかし実際には単なる人柱だ。


 裕福な家の令嬢は国に多額の賄賂を払って選ばれぬように手を打つので、選ばれるのは中流かそれ以下の家の少女だ。本来ローズのような身分の令嬢は選ばれない。

 それでもお国のためなら彼女も喜んでこの身を犠牲にしただろう。どうせ不幸な人生しか残っていないのだから。しかし彼女は嵌められたのだ。


 あの憎きマーガレットとゼルダに。


 潮が満ちドレスが水を吸い鎧のように重い。浮いていることが困難になり水が顎のラインまで来た。


 死ぬんだ。いざとなると怖い。お母さん助けて! 


 息を止めて頭が水に浸かったそのとき暗い水の底からいくつかの黒い影が猛スピードで近づいてきた。逃げたくてもドレスが蛇のようにまとわりついて泳げない。ついに目の前まできたそれらは全身緑色でアーモンド形の大きな黒目を持った怪物だった。伸びてきた手の指と指の間に水かきが見えた。 


 か、河童? 悲鳴を上げたら口から大量の水を飲みローズは意識を失った。

  

 目覚めると五人のメイド姿の女性が上から覗き込んでいた。驚いて上体を起こすとメイド頭らしき女性がいった。


「お目覚めですね」


 よかった。河童に襲われる夢を見たんだわ。


「ここはどこ」

「キール殿下の宮殿でございます」


 キール殿下? 宮殿? 聞いたこともない貴族の名だ。が、洞窟で溺れた記憶が蘇ってきた。どこかに流されて運よく救助されたらしい。となると王宮に知らせが行きまた人身御供にされるかもしれない。身元が知れる前に逃げよう。


「殿下からあなた様のお世話を仰せつかりました」

「あ、ありがとうございます。もう大丈夫ですわ」


 といって立ち上がろうとしたそのとき「キール殿下がお越しです」という声が響いた。


 途端にメイドたちが波が引くように部屋から消え、代わりに派手なロングジャケットを着た大きな黒目と薄緑色の肌をした頭頂部の禿げた河童が入ってきた。

 ローズは再び気を失った。

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