夏祭り

 そこから当日までは、あっという間だった。八月上旬、私は祭り会場の屋台の列に並んでいた。お祭りということもあって、いつもの見慣れている景色とはがらりと変わっている。私はやっと買えた焼きそばを持って屋台の列を外れる。ここまでくるのにかなりかかった。


「雉真、遅かったね。」


 私は青山くんの隣に腰を下ろす。校外で会うのは何気に初めてで、かなり緊張する。夏祭りという特別感もあって、いつもより三倍くらいはイケメンが増している。


「今日、浴衣じゃないの?」


「うん.....自分だけ浴衣だったら気合い入りすぎてるやつみたいで、なんか恥ずかしくて」


「え、そう?俺は見たかったけどな」


 青山くんは表情も変えないで、サラッとそんな事を言う。そんなセリフどこで覚えたんだろう。そんなに甘いことを言われたら、きっとみんなおちてしまう。


「うるさい、調子に乗るなバカ」


「うわ、バカって言われた」


 おかしそうに笑う彼から目を逸らして、私はさっき買った焼きそばの蓋を開ける。夏祭りでものを買って食べるなんて何年ぶりだろうか。


「なにか食べたいものあったら行ってきなよ。私ここで待ってるから」


 屋台の方を眺める彼の顔を見ずに私は言った。屋台の前は相変わらず人で溢れている。


「終わるまで待ってるから、ゆっくり食べて」


 屋台の方に視線を向けたまま彼が言った。彼は今、本当に楽しめているのか、そこだけが不安だけれど、今の状況じゃ聞けない。早く食べ終わらないと。


「ごちそうさまでした。美味しかった。...さっ、行こ」


 私たちは並んで歩き出した。夕日はもう沈んでいるけれど、まだ空には紫色が残っている。私はそんな空が好きだったりする。


「射的.....うわ、めちゃくちゃ並んでる...。やっぱやめとこ.....」


「なんで、花火までまだ時間あるよ。せっかく来たんだしやらなきゃもったいないよ。それにさっき待ってもらったから、待ってるよ」


 花火が上がる時間までにはまだ余裕がある。久しぶりに来たなら、楽しまなきゃもったいない。普段忙しいのなら、余計に。


「なら、一緒に行こう。そうすれば並んでる間話せるでしょ」


 そう言って彼は私の手を取った。あまりにも自然に手を取るから何が起こったのか、一瞬分からなかった。


「ばか、何してんの」


「人多いんだし、はぐれたらどうすんの。それになんかあったら雉真のお母さんにどう説明するわけ」


「んな大袈裟な.....」


 そんな話をしながら順番を待つ。さっきまでの緊張が嘘のようにスラスラと言葉が出てくる。


「あっ、来たよ。行ってらっしゃい」


 彼の順番がまわってきたので、私は列を外れるために動く。それに気づいた彼が私の手をつかんで動きを止める。


「なに、ここからは一人でも大丈夫でしょ」


「見てて」


「仕方ないな」


 お店の人から道具を受け取って、それを構える。構え方もさまになっていて、元々かっこいいのが、さらに増している気がする。いつも学校で見ている姿とは全く違って、今日は髪を束ねてピアスまで付けている。まるで別人のようで、ついつい見とれてしまう。


「あ、やべっ、久々だから外した」


 そう言ってはしゃぐ彼は本当に楽しそうで、自分より年上であることを危うく忘れそうになる。彼は他の人にも、こんな表情を見せたことがあるんだろうか。もしないのなら、ここから先も自分だけに見せてほしいと思ってしまう。


 ✱✱✱


「楽しかった〜〜」


「めちゃくちゃはしゃいでたもんね」


 会話をしながら人混みの中を進む。緊張していたのが嘘みたいに、自然に会話が弾んでいる。やっぱり彼といるときの私が一番自然だ。


「もう少し前の方行けないかな」


「厳しいでしょ、ここでも大丈夫だよ」


「そう?ちゃんと見える?」


「うん」


 横並びになって、ぼーっと景色を眺める。建物の明かりが星みたいに光っていて、とても綺麗だ。

 ヒューっと音がして一発目が上がる。周りからは歓声があがり、みんな笑顔になる。


「綺麗だね」


「久しぶりに来たから余計かも」


 そう言って幸せそうに花火を眺める。街の光と、花火の光両方が彼を照らしている。いつもの景色の何倍も綺麗で、私は何か特別なものを見ているように感じた。


「祭りに来たらさ、言おうと思ってた事があってさぁ....」


「え、なに?」


「好きだよ、紫乃」


「....え?今なんて.....」


 突然の事で混乱する。花火の音でよく聞こえなかったのもあるけど、彼が私の名前を呼んだような気がした。


「だから、俺、紫乃のこと好きなの」


「....ふざけてるの?」


「いや?本気」


 そう言って彼は私との距離を詰める。私が何もできずにいるとそのままぎゅっとされる。これは少女漫画でよく見るハグと言うやつでは?


「ちょ....人いるよ?!」


「だってわかってくれないから」


 そう言って力を強くする彼。かっこいいのもいい加減にしてほしい。彼の方こそなにも分かってない。


「......わたしだって、.....私だって好きだよ!!」


 たくさん考えたのに、出てきたのはたったこれだけだった。他にも色々考えていたのに、全部台無しだ。こんな人混みの中でこうなるなんて思ってもいなかったし。


「あははっ」


 私の言葉を聞き終えると、彼が急に笑い始める。


「てことは、カップル成立かな?」


「そうだけど。色々言いたいことある。」


「何?お説教?」


 ありがたいことに周りの人たちは、花火に夢中だったから私たちのやり取りに気づいていなかった。いや、気づいていないふりだったかもしれないけれど。


「私も好きだよ....」


 一番大きな花火が上がるのに合わせて、私も大好きな彼に好きを伝えた。それに気づいたかは分からないけれど、彼は幸せそうに笑っていた。

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