第4話 戦う人たち
それから一年以上の月日が流れた。チェルもリアも成人になったが、白い人たちの戦いはまだ続いていた。酋長は白い人たちの村へと出かけていることが多くなった。だが、チェルの村では今までと同じ日々が過ぎていた。チェルが十四歳のときに見た黒光りする武器は、その歳月の間に見ることはなかった。大きな事件もなかった。だが突然、すべての均衡が破れる日がやってきた。
その日は秋の美しい青空の日だった。酋長は村にいた。今までに聞いたことのない、騒々しい音がどんどん大きくなった。「戦う人たち」が白い人の村に来たのだと伝令は言った。「戦う人たち」は兵士になる若い男を探していた。しかし、白い人の村では、若い男はすべて戦争にいっており、残っていなかった。やがて、その「戦う人たち」の群れは、チェルの部族を目指してやってきた。
酋長は部族の長として最初に「戦う人たち」の群れを迎えた。「戦う人たち」のリーダーは馬に乗ってやってきた。白い人たちの特徴である、高い鼻と高い額を持ち、ピンと張った髭をたくわえていた。目は黒く、厳めしかった。馬の上から「戦う人たち」のリーダーは口を開いた。
「お前がこの部族のリーダーか」
そうだ、と酋長は答えた。酋長の声はやや緊張していた。
「私たちの戦いは長く続いており、兵士が必要である。聞けば、この部族は戦いに参加していないそうだ。若い男がたくさんいるではないか。その者たちを兵士として差し出してもらいたい。」
話し合いがしたい、と酋長は言った。
「私たちには話し合うだけの時間はない」
馬に乗ったリーダーは短く答えた。それで、と酋長は問うた。どうなさるのかな、と。
「リーダー、あなたが彼らを説得するか、それとも私たちが力づくで連れていくか、どちらにしても連れていく」
酋長は深いため息をついた。説得に時間はいただけるのだろうか、と酋長は問い、リーダーは「明朝」と言い残して、帰っていった。
それから、部族の大人たちが集まって話し合いが始まった。争いを好まぬ部族であり、戦いなどしたことのない人間ばかりだ。だが、同じインディアンの仲間であっても戦いを好む部族もあり、インディアン同志の戦いの歴史はある。だがそれも、遠い昔の話だった。戦いに向く性質のものはこの村にはいなかった。戦いを知っている人間もいなかった。理解できているのは酋長と、殺人の現場を見たことのあるチェルのみだった。
行かなければよい、とほとんどの者が言った。「力づくで連れていく」という言葉の意味を理解できていなかった。
チェルは思った。もし断ったら?彼らは、あの黒光りする武器で部族の誰かを殺すのだろうか?だが、全員殺してしまえば、兵士は連れていけない。何人かを殺し、残りの人間を連れていくのだろうか?そして殺人を見たこともないこの部族の人々は、いったいどうなってしまうのだろうか。
酋長はみなの話し合いが終わるのを待っていた。やがて皆は話し合いをやめ、酋長のほうを向いた。酋長の話す番だ。
「儂は、難しい選択を迫られておる。儂らの部族は争いを好まぬ部族であり、争いに加担せずここで平和に過ごしてきた。願わくば、このまま平和に暮らしていきたい。だが、争いは儂らのすぐそばまで迫っておる。この地を去り、ほかに住みかを見出す旅に出ることも考えた。が、争いの土地は広がっており、儂の知る限りでは、ここが残された平和な土地だ。だがもはや、この平和も長くは続かぬ。四方から争いがこの土地に迫っており、たとえ逃げ出そうとも、そこも争いの土地だ。
儂らは戦いを知らぬ部族だ。だが、伝承の中で戦いのことを知ってはおる。そこでは、命のやりとりをする。人をより多く殺したものが勝つ。それが戦いだ。
いま、白い人たちは戦うための兵士を差し出せと儂らに言う。だが、戦いに差し出す、ということは、差し出された兵士のうちの誰かは殺されるということだ。儂は明日、「断る」と答えることもできる。だが、儂が断ると答えれば、彼らは力づくで兵士を連れていくという。つまり、儂か、誰か、何人かが殺されて、残った人間が連れていかれるということだ。
だから儂の選択というのは、明日部族の何人かが殺されるのを見るのがいいか、黙って兵士を差し出して、何人かがいつか戦いで殺されていくのを何もできずに感じているのがいいか、どちらがいいかの選択を迫られているのだ」
酋長は黙った。部族の皆は顔を見合わせた。次に口を開くのは誰か?自然に視線はチェルのもとへ集まった。チェルは酋長のお気に入りであり、酋長から「白い人たちの言葉」を習っていた。チェルは酋長の次に「白い人たち」を知る人間だった。
「僕が考えることも、酋長と同じです。明日、僕たちは黙って彼らについていき、彼らの兵士となる道を選ぶか、それとも、明日、何人かが殺されて、残りの人間が連れていかれるか、どちらかの運命しかありません。ほかの道は閉ざされているように思います。だが、僕が考えるには、それは酋長の選択ではありません。それは、僕たち、兵士として行かされる者たちの道であり、僕たちの運命の選択です。ですから、その運命は酋長ではなく、僕たちに選ばせてほしいというのが僕の意見です」
酋長はうなづいた。チェルは若者たちの顔を見回した。若者たちのリーダーが言葉を続けた。
「チェルの意見はもっともなことだと思う。それでは、僕たちが自分の運命を選ぶために、僕たちだけにしてほしい」
リーダーがそう言い、若者たちだけを残してほかの人々は出ていった。今度は若者のリーダーが場をまとめる番だ。
リーダーにうながされ、チェルは自分が知っている限りのことを話した。自分たちが見たことのない黒い武器のこと、白い人たち同志の殺人のこと、白い人たちから聞いた戦争の話。部族の伝承である遠い昔の戦争については、リーダーのほうが詳しかった。リーダーは、自分の知る限りの戦いの歴史を話した。チェルは、酋長から聞いた三代前の酋長の予言についても話した。しかし、自分が部族のタリズマンであることは言わなかった。それは言ってはならないことだった。
可能性にそって話は進んでいった。全員の目標は、今回兵士として出ていく全員が無事に帰還することだ。そのためには全員が一致団結すること。お互いがお互いを助けること。もし心が弱い者が出た場合は、誰かが選ばれた癒し手としてその者の担当になること。もし心が戦いを好むようになった者が出た場合は、その者は部族から追放すること。
それから、最初の癒し手を担う者が選ばれた。最初のリーダーはすでに全員が認識していた。明日、白い人の申し出を断るという案はほとんど検討されなかった。
リーダーが、若者たちの話し合いが終わったことを知らせに行き、部族の全員が集まった。リーダーは、自分たちの選択を告げた。酋長はじめ、部族のみなはその選択を受け入れた。酋長は若者たちに、旅に出る支度をし、親しい人たちとの別れをするように告げた。
チェルは家に戻り、旅の支度をした。旅の支度といっても、そもそも持ち物が少ないこの部族にとっては簡単なものだ。当座の食料。着替え。それ以上のものは何もない。支度が終わっても、夕食までにはまだ時間があった。チェルは夕食には戻ることを家族に告げ、リアの家に出かけた。リアは家の外で待っていた。
リアはチェルに川に行くか、森に行くかを聞いた。チェルはしばらく考えて川に行くと答えた。リアが泳いでいる姿を見るのは楽しかった。明日からしばらくリアの泳ぐ姿を見ることはない。
しばらく?一体それはいつまでだろう?白い人たちの戦いは長く続いている。もう何年も。何年もリアに会えないのだろうか?もしかすると、リアに二度と会うことはないのだろうか?
二人は川で泳ぎ、魚を捕まえ、火をおこし、体を乾かして、捕った魚を食べた。二人はいつものように競争し、いつものようにリアが勝ち、いつものように笑ってふざけた。チェルは何かを言わなきゃいけないような気がした。もやもやした黒い影が心にあり、それは消えてくれなかった。だが、チェルが何かを言おうとすると、リアが制した。
「チェル、イーダーが聞いてるわよ」
イーダーとは、この部族に伝わる黒い魔女のことで、悪い予言を現実化する能力を持つといわれていた。温和で争いを好まないこの部族にも、日々の問題は起こる。子供がすねて怒って、悪いことを口にすれば、母親は魔女イーダーの話を持ち出して子供を諫めるのが常だった。悪い言葉を口にすれば、その言葉を聞いた魔女イーダーが現実に変えてしまう。
「うん、そうだね」
そう言いながらチェルはほっとした。少し心が軽くなった気がした。
「チェル、あなたは帰ってくるわ。必ず生きて帰ってくる」
続けてリアはそう言った。
「うん。うん、帰ってくるよ、きっと」
チェルはそう言った。心にある黒い影を感じなくなっていた。
日暮れが近付いていた。ふたりは並んで帰った。いつのまにかリアは、チェルよりずいぶん小さくなっていた。
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