第三話 「火月」

火月さんと数日過ごしてわかったことが三つある。


一つ目。

火月さんは目つきが悪く、耳に三日月のピアスなるものをつけていて、よく人から「危ない人」と思われるそうだが、その印象とは対照的に彼は仲間思いで、周りをよく見ることができる優しい人である。


二つ目。

その容姿から性格は冷静で、全く笑顔が無いように見られるが、火月さんはめちゃくちゃ笑う。

私をからかっては笑い、おかしなことがあれば笑う。

少し意地悪な人であるが、そこも憎めないところだ。


そして三つ目は……



* * *



馬車から感じる風はとても心地よいものだ。

そう思いながら私と火月さんは色とりどりの花が咲く平原を眺めていた。

現在私たちは次なる街、この世界最後の街である「シーブリーズ」に向かっている。

火月さんの話によれば、この街は農業と漁業の両方が盛んな街らしく、食べ物も新鮮で美味しいとのことだ。

ここではどんな料理が食べられるのだろう。

ワクワクが止まらない。


「火月さん、あれはなんですか?」

「あれは……チューリップだな、日本にもある花で確か花言葉は有名なのだと『愛の告白、永遠の愛』とかだったかな」

「おー花言葉!」


愛の告白、永遠の愛……ロマンチックな言葉だ。

それにしても火月さんは博識? だったっけ、ほんとに色々なことを知っていて凄い人だ。

私の質問には何でも答えてくれて、この前作ってくれたお料理も上手だった。きっと火月さんは天才というやつなんだろうな。


「アシュリゼ? おーい」

「ああ、すみません少し考え事をしてました」

「考えごと? どんなことだ?」

「言いません」

「なんで、いいじゃんちょっとだけなら」

「絶対言いません!」


火月さんは何故私に怒られたのかわからず目を点にしながら頭にハテナを浮かべた。

さすがにさっきの内容を直接本人に話すのは少し恥ずかしい。


「旦那、街まであと二時間は掛かる。この先は魔物もあまり出ないから休んでくれていいぜ」

「そうか、ありがとう! だってさアシュリゼ」

「私ですか? 火月さんの方が疲れているのでは?」

「俺は別に一周間ぐらいなら寝なくても大丈夫、だからアシュリゼが……」

「寝てください」

「いやだから……」

「寝てください!」


私がそう強く言うと、渋々火月さんは床の上で横になった。

いくら一周間寝なくても大丈夫だからといって睡眠の回数を減らすのは良くない。

何でも出来るのは凄い事だが、彼にはもっと自分を大切にする行動が必要だと思う。そうだ、私が火月さんのことを変えていかなければ!


「って、火月さんもう寝ちゃった」


あれだけ口では言っていたが、体は正直なものだ。

相当疲れていたんだな。

……何の夢を見ているのだろうか。

好きな物の夢とかかな? そういえば火月さんは雪月ちゃん以外に何が好きなんだろう。

料理、戦闘、勉強、どれもあの人は出来るけどそれは「好き」という分野に当てはまらない気がする。

そして私が「うーん」と頭を悩ませていると、火月さんは手を頭の後ろにやって険しい顔をし始めた。


(きっと床が硬くて痛いんだろうな)


そう思った私は彼の頭を優しく持ち上げ、自分の膝の上に乗せた。そうすると、彼は険しい顔をやめ何処か幸せそうな顔に表情を変えた。

寝ている時は可愛い顔をする人だ。

良く考えたら火月さんもまだ十八歳の子供、私と二歳しか歳は変わらない。

これは憶測だが、火月さんは元々優しい顔の人だったと思う。異世界を旅する上で「子供」というステータスは何のメリットも生まない。なんならデメリットの方が多いはずだ。そしてそんな中、火月さんは舐められないようにと行動するにつれ、いつしか今のような強面の顔になってしまったのだろう。

一体、火月さんはどれだけのものをこの旅の中で無くしてしまったのか、私にはわかるはずの無いことだ。


「本当に凄い人ですよ」


彼の目に掛かる前髪を上げる。

眉毛の横には刃物によってつけられたと思われる小さな切り傷があった。いつも彼は前髪を下げているので私が気づくことはなかったのだ。

なんだか、私だけの秘密を見つけたようで少し嬉しい。


「って何私考えてるの!?」


するとその時。


「うわぁー!!!」


突然、馬車を引く御者ぎょしゃさんの大声がしてそのまま馬車は地面を擦るようにして動きを止めた。

私はすぐさま寝ている火月さんを床に下ろして仕切りを開け外に出た。


「大丈夫ですか!?」

「ま、まずいぞこれは……」


そう怯える御者さんの先には、十数人程の盗賊が道を塞いでいる。

明らかに数日前火月さんが戦った盗賊団の一員だ。


「お前ら! ここを通りたかったら通行料を払え」

「お嬢さん、ここは大人しく払おう。あいつらの親分はヘッドと言ってここら一帯の地域で悪事を働いている奴なんだ。もし払わなかったら何されるかわからねえ」


ヘッド、あの人火月さんにあれだけやられたのにまだ懲りてないなんて! でもどうしよう、今火月さんは馬車の中で寝ている。あまり寝てなさそうだき起こすのも悪い。このまま支払えば穏便にやり過ごすことができる。ならそれで良いだろう。


「……わかりました、払いま」

「氷華ひょうか〈氷の華を咲かせ周りを凍らせる妖術〉」


いつもより低い声で馬車の中から現れた火月さんは威勢の良い一人の盗賊以外を凍らせ私たちの前に立った。辺りの空気は澱み、一気に魔素量が増幅する。

様子がおかしい、彼からはいつもの優しい雰囲気を感じられない。


「……火月さん?」

「な、なんだよお前!」


私と盗賊の言葉に火月さんはうんともすんたも言わず、ただ一人の盗賊の元に歩き出した。


「てめえシカトこいてんじゃねえぞ!」

「……」

「お、おい! 近寄ってくるな!」


盗賊は火月さんの威圧に押されそのまま地面に座り込む。体はブルブルと震え、さっきの威勢が嘘の様だ。


「……お前、俺が何に怒ってるかわかるか?」

「知らねよ! てか知るわけないだろ!」


その言葉を聞いた火月さんは盗賊と目線を合わせるように座った。


「……俺はな、ここ数年まともに寝れていないんだ。眠れても三十分程度、人間の適切な睡眠時間には到底及ばない」

「な、何が言いたい」

「俺はな……数年ぶりの睡眠を邪魔されたのに怒ってるんだ」

「……え?」

「はぁ?」


突然出された彼の言葉に私は少し静止する。

襲われたから怒ってるとかじゃなくて単純に睡眠を邪魔されて怒ってたんだ……なんとも火月さんらしいと言うか何と言うか、緊張していた私が馬鹿みたいだ。


「はは、そんなことでお前怒ってたのか、きめえ奴だな」


火に油を注ぐ様にして盗賊は大声でそう叫ぶ。

案の定その言葉は火月さんの逆鱗に触れ、その後盗賊は見ぐるみを剥がされた後呆気なく氷漬けにされた。


「い、いやーどうなるかと思いました。旦那はお強いんですね」

「はい、火月さんはお強い方です」

「アシュ、リゼ」

「どうしました?」


そう言うと火月さんは力が抜けた様にその場でよろよろとし始めた。どこか体調が悪くなってしまったのだろうか?


「大丈夫ですか!? 何処か怪我を?」

「違う……」

「ではどうしたんですか?」

「もう少しだけ、膝枕を頼む」

「……わかりました」


改めて火月さんについてわかったことが三つある。

それは、強面な外見で愛想も無い人だと思われがちだが本当は優しい人で良く笑い、寝起きの時は子供っぽく少しわがままになるということだ。

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異世界渡りのモノクロム 言ノ葉 @kotonoha808

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