第二話 「現状把握」

あれから、俺はアシュリゼをスラム街から連れ出し自分の宿屋まで案内した。

アシュリゼは女と男で賑わっている夜の街に少し動揺していたみたいだが、宿屋に入ってからは何も感じていないみたいだ。

そして一夜が明け翌日、俺たちは昨日の続きを話すために部屋で落ち合っていた。


「昨日は凄い人だかりでしたね」

「あースラムの方にはそういう店が多いからな」

「そういう店って言うのは?」

「えとー、この話はやめよっか」


アシュリゼは不思議そうな顔をしながら俺の方を見つめる。

こんな純粋無垢な少女にあんなことを教えれるわけがない、あれは大人の階段20段分の内容だ。


「ゴホン。そんなことより、本題の前にお互い自己紹介をしないか?」

「自己紹介ですか?」

「そう、俺たちまだ何も素性とか話してないだろ? だからこのまま話をしてもお互いの話を信用しにくいかなと思ってさ」

「なるほど……そうですね、わかりました!」


そして、まず俺は自分のことを先に話した。

あの日のことから旅のことまで、包み隠さず全てだ。

さすがに俺も少し話しすぎたかと思ったが、アシュリゼは嫌な顔一つせず楽しそうに俺の話を聞いてくれた。

アシュリゼは類稀たぐいまれに見る大聖人である。


「それにしても火月さんはお一人で旅されているんですか?」

「いや、仲間はちょっと前に怪我して他の所休んでるんだ。そいつがだいぶやんちゃでな、アシュリゼの場合襲われちゃうんじゃないか?」

「何で襲われるんですか~獣じゃないんですから」

「獣……まあ間違ってないな」

「えぇ!?」


アシュリゼの驚く顔に俺は腹を抱えて笑う。

からかいがい甲斐のあるリアクションだ。


「よし、次はアシュリゼの番だぞ」

「わかりましたよぉ! じゃあまず私が何者かですね」


そう言うと今度はアシュリゼが淡々と話し始めた。

「アシュリゼ・クリスタネージュ」彼女はこことは違う異世界の「ネージュ族」という、日本で言えば雪女のような特性を持った種族の生まれらしく、氷系統の技を特に得意としている。

自分では落ちこぼれと言っていたが、秘めている魔力は過去戦った氷の妖精を軽々凌駕していた。

あいつら盗賊達に何もしなかったのは戦闘技術は無いのかもしれない。

ともあれ、どうやら天使では無かったみたいだ。


「とま、私の素性はこんな感じです」

「なるほど、やけに手が冷たいと思ったのはそのせいか」

「はい、年中無休冷たいです!」

「店の売り文句みたいだな……」


アシュリゼは何故か得意げにそう言った。

彼女は少し天然なところがある。

ここに来る途中も何度か歩く方向を間違えていた。

方向音痴なのかもしれないがこれはどっちかと言えば天然の方になるだろう。

そういえば、俺の幼馴染も方向音痴だったな……なんて思うが、俺はもうその幼馴染の顔を思い出せないでいた。


「よし、自己紹介はこれぐらいにして本題に入るか」

「そうですね、そろそろ話しましょうか。では、何故私が雪月ちゃんの存在を知っているのかという……」


その時だった。

グーという爆音がアシュリゼの発言を遮るようにしてこの部屋中に響き渡る。

もちろん部屋に居るのは俺とアシュリゼの二人だけ、そして俺は腹を鳴らしていないということは……


「す、すみません」


案の定アシュリゼは顔を真っ赤に赤面しながら俺から目を逸らすようにして俯いた。

よっぽど恥ずかしかったんだろう、顔だけではなく耳まで赤くなっている。 


「お腹空いたんだな」

「……はい」


そう言えば朝ごはんまだだったか……いや、なんなら昨日から何も食ってなかったな。

そう考えればお腹がすくのも当然だ。


「先に何か食べようか」

「……はい」



* * *



この世界の食べ物は悪いものでは無い。

味は中々のもので、現代の料理と比べてあまり遜色そんしょくの無い味だ。

強いて言うなら少し味が濃い気がするような、まあアシュリゼはそんなに気にしていないみたいだから別に良いけど。


「はあー美味しかった! 私初めて食べましたよこの料理」

「このハムエッグみたいなやつのこと?」

「そうです、特にこの白いところが特に好きです!」

「珍しいな……俺のもあげようか?」

「本当ですか! じゃあ遠慮なく」


俺が目の前にあったプレートをアシュリゼのプレートと交換すると、アシュリゼは子供の様にはしゃぎながらハムエッグを口に運んだ。

「美味しそうに食べるなー」なんて思っていると、すぐにそこにあったハムエッグは無くなり、アシュリゼは満足気に口をナプキンで拭いていた。

おそろしく早い食事、オレでなきゃ見逃しちゃうね。


「火月さん? あのー大丈夫ですか?」

「大丈夫です。そんなことよりアシュリゼが満足したようで良かったよ」

「はい、このハムエッグ? というものは昔雪月ちゃんが作ってくれた料理と似ています」

「それだ、アシュリゼは何処で雪月と知り合ったんだ?」

「まずはそこからですね……」


そう言うとアシュリゼは姿勢を正して俺の方を真っ直ぐな目で見つめてくる。


「これは、私がまだ異世界が存在するなんて知らなかった頃のお話です」


最初の内容はさっき話した自己紹介の内容と同様のもので、自分がネージュ族の落ちこぼれで村内でいじめられていたという内容だった。


「どんな内容だったんだ?」

「最初は可愛いものだったんです、靴を隠されたり帽子を隠されたり。でもいつしかそれがエスカレートして私に焚き火の炎を投げつけてきたり畑を全て燃やされたりしました。そしてそのせいで両親はそんな現実から逃げる様にしてこの世を去ってしまいました」


まるでおとぎ話のように内容を話すアシュリゼの姿は凛としていた。

きっと、現実を見ることに恐れていた俺とは違ってアシュリゼは俺よりも勇敢で強い心を持っているのだろう。やはり彼女は落ちこぼれなんかでは無い。


「その後君はどうなった」

「その後、私は村に唯一存在した医師を営む親族の老夫婦の元で育ちました。もちろんその夫婦も私のことを嫌っていましたがね。でも、そこに転機となる人物が現れたんです」

「雪月か」


俺の言葉にアシュリゼはコクリと頷く。


「最初、彼女は雪の降る夜森の中で倒れていたんです。頭から大量の雪を被り凍死寸前の彼女を私は見過ごせず、手に持っていた松明たいまつを彼女に向けました。彼女がネージュ族の者では無いことはすぐにわかりました」

「それは何故?」

「髪の色ですよ、ネージュ族に黒髪は生まれませんから」


「なるほど」っと俺は相槌を打つ。

確かに、雪の降る一帯では白髪の方が目立たないに決まっている。


「そして、私は自分の身を粉にして彼女を介抱しながら夫婦の家まで運びました。その時雪月ちゃんは重症で、凍死寸前のところだったようですが、私が体を温めていたことで最悪のことにはならなかったそうです。その後、驚くことに私は夫婦から称賛されました。『お前は立派なことをした、もう落ちこぼれなどでは無い』と、それはもう私は喜びました。なんせ褒められたことが無かったものですから」


どれだけ過酷な環境を過ごしたんだ。

俺はそう思ったが声に出すことは辞めた。

俺が掛けるべき言葉ではないと思ったからだ。


「それから私と雪月ちゃん、夫婦の四人で暮らし始めるたんです。それはもう幸せの日々で、村の者も大きな権力を持つ夫婦の前では萎縮しきっていたのを今でも覚えてます。しかしそんな日々も経った二年で終わりを迎えました。何故だかわかりますか?」

「『老夫婦の死』だな」

「はい、『老夫婦』と言っても年齢は八百歳程でしたから老衰ではありません。ある日近くの山に薬草を取りに行くと言ったっきり帰ってこなかったのです。それから私たちは昔と同じ地獄のような生活に戻り、そんな生活に嫌気が刺した私たちはとうとう村を出て森の中で暮らすようになりました。もちろん過酷な生活でしたが、村で生活するよりは楽でしたね。しかしそれも一年程しか続きませんでした。ホワイトアウトが終わった次の日、私たちは数日前仕掛けた罠に掛かっていた動物を家に持ち帰っていました。すると急に彼女が走り出したんです。今思えばお腹が空いていたんでしょうね。そして、私が遅れながらも家に入ると、そこにはもう彼女の姿はなく、ただ動物が床に倒れ落ちているだけでした。これが私が知っている限りの話です」


長々と話して疲れたのか、アシュリゼはコップに注がれていた水を一気に飲み干した。

少し気になるところはあるが、先に内容を整理してから後で聞くことにしよう。


それから、数分静寂が続く。

どういう言葉をかけて良いかわからなくなってしまったのだ。

何を言おうか……そう考えていると、先にアシュリゼの方から言葉を発した。


「私の目的は雪月ちゃんを見つけることです。あなたを探していたのも雪月ちゃんに近づけると思ったから探していました」

「俺を見つけた今アシュリゼはどうしたいんだ?」

「もちろん、私はあなたについていきます。無理と言われても確実についていきます」


俺は少し彼女の言葉に悩んだ。

この旅は過酷だ。

戦闘技術のない今の彼女に到底この旅を終えることなどできない。

俺が彼女を守ればいいという意見もあるだろうが、さすがの俺も新しい場所でアシュリゼを無傷で守り切れる自信はない。

でも、もし雪月がアシュリゼと再会したらきっと雪月は大喜びするに違いないだろう。

そして長い葛藤の末、俺のパーティーに新しい仲間が加わった。


「アシュリゼ・クリスタネージュ」

雪月の親友にしてネージュ族の落ちこぼれである。

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