第一話 「ターニングポイント」
目を覚ますと、窓からは朝日が指し込んでいた。
眩しい、随分と寝ていたみたいだ。
それに久しぶりにあの夢を見た気がする。
何回も結末は同じなのに結果はいつも変わらない夢、
俺にとってこの夢は悪夢そのものだ。
俺はグッと腕を上に伸ばして窓から外の様子を見る。そこには頭から獣耳、尻から尻尾を生やした獣人族と、耳が長く胸の大きなエルフが貴族であろう人間に言い寄っていた。貴族はまんざらでもない顔をしている。相変わらず富と権力が入り混じった実に不快な街だ。ここに来て数日、少し慣れてきている自分が少し怖い。
景気付けに俺は机にあったコップにコーヒーの粉を入れ魔法でお湯を注ぐ。部屋にはたちまちコーヒーの良い香りが漂い始めた。
今日で雪月を探し始めてから8年。
あれから、俺はある者に命を救われ今は雪月を見つけるために異世界を転々と渡り歩いていた。
この世界で訪れる異世界は約30ほど、無数にある異世界の1パーセントにも満たない数だ。そして、いつ終わるかもわからないこの旅の中で俺は気づけば18歳になり、今頃高校生になっていた俺の体には数多くの刀傷とあの時できた左手の火傷跡だけが刻み込まれていた。
「はぁ……さっさとここも終わらせよう」
そう言い、味のしないコーヒーをグビッと喉に流し込んで宿屋から出る。
外に出るとすぐ、ドワーフやらエルフが俺にも言い寄ってきたが、生憎そう言ったものに興味はない。
俺はそれを振り払い気にせず街の中心街の方に向かった。19世紀ロンドンを彷彿とさせる街は活気に満ち溢れ、周りの住民の顔は笑顔で溢れている。
どうやらこの世界は他の異世界と違って魔物による影響があまりないみたいだ。
そして、数時間程俺は街の中を探し回った。
店の中や路地裏、樽の中まで隅々見て回ったがそこに雪月の姿はない。中心街の方ではなさそうだ。そうなるとあと残っているのは、
「スラムか……」
スラムは中心街とは違い酷いものだった。
壁には血飛沫の跡がびっしり残り、痩せ細った死体がそこら中に倒れ辺りは血と腐った肉の匂いが漂っている。
「これでこの国の笑顔を保ってるのか」
俺はそう呟きながらその場に屈み、周りに感じる気配を探った。死にそうな男が一人、小柄な少年が二人。
それと……これは逃げる少女を追いかける男の気配が二人か?
「はぁ、はぁ」
「へへ、嬢ちゃん鬼ごっこは終わりだぜ」
男は左手でナイフを回しながら少女を脅す。
一人は口からよだれを垂らし、一人は不気味な笑みを浮かべている。その顔は獲物に飢えた猛獣そのものだ。
対して、少女の方は儚いと言える白い髪と白いワンピースを身につけ、今にも泣きそうな顔をしていた。
ここの雰囲気に合わない服装、きっと誘拐事件だろう。でなきゃこんなところにこの子が居るはずない。
「やめて下さい……」
「大丈夫、一緒に楽しいことしようぜ?」
「嫌です!」
「いいじゃん、悪いことじゃないんだしさ」
そう言って男はバシッと少女の腕を強引に掴んだ。
「辞めておけ」
「……な、何だ?」
「出てこい!」
どうやらご指名されたようだ。
俺は屋根から飛び降り男達の前に立つ。
最初、一人の男は俺を見て一歩足を後ろに引いたが、すぐさま威勢を取り戻してナイフを俺の方に向けてきた。
もう一人の男はというと、口をあんぐりさせながらよだれを垂らしている。そんなによだれを垂らして口の中がパサパサにならないのだろうか。
「逃げて下さい!」
「暴れるな! おいお前、この嬢ちゃんはお前の雇い主様か?」
「ああそうだ、さっさと返してくれ」
「はは、そう言われて返す奴がいるかよ!」
男は豪快に笑いながら左手に持ったナイフを俺の方に向けてきた。
「それでやる気なのか?」
「当たり前だ」
「そうか……まあかかってこい」
そう言うと男は勢いよく地面を蹴ってナイフを突き出してきた。刀を携えた相手にナイフ一本で勝負を仕掛ける度胸は認めるが、さすがにそれは無謀すぎる行いだ。
俺は居合の構をとり、男の方を見る。
ナイフに意識を集中させすぎだ。
そして、俺は一瞬にして相手のナイフを細切れにした。
「な、何だそれ!?」
「驚いてる時間はないぞ」
ドンッと大きな音と共に男は数秒中にうき、続けて俺の足蹴りを受け壁の向こう側まで吹き飛ばされた。
「あと一人」
もう一人の男は怯えた顔で俺の方を見ている。今の攻撃を見て戦う意志を無くした様だ。
「や、やめて」
男が野太い声でそう言ってくる。
だが、俺は容赦なく男に向かって右手を向け、こう言い返してやった。
「そこで、眠ってろ」
* * *
「あ、ありがとうございます」
少女は礼儀正しく45度腰を曲げて礼をしてきた。
彼女の名前は「アシュリゼ・クリスタネージュ」と言い、どうやらさっきの奴らに追いかけられこのスラム街に迷い込んでしまったらしい。誘拐事件ではなかったみたいだ。
「大丈夫だよ、君は悪くない。悪いのはあいつらだ」
「でも怪我とかは」
「それも大丈夫だよ。こう見えても俺、結構鍛えてるから」
「そうですか……なら良かったです」
俺がそう言うと彼女はニコッと笑顔を見せた。
どうやらこんなおっかない風貌の俺を信用してくれたみたいだ。
「それで、お兄さんに一つ聞きたいんですけどいいですか?」
お、お兄さん……。
何だかとてもむず痒い。
「な、なんだ? 腹でも減ったか?」
「いいえ違います。あの、
俺はその言葉に口が塞がらなかった。
「……今、なんて」
「えっと『尾鷹雪月って子を知らないか』って言いました」
な、なんでこの子があいつの名前を知っているんだ。
この世界に日本特有の名前は存在するはずがない。
童話や本にもそんな名前は載っていなかったはずだ。
つまりこの子は俺と同じ転移、もしくは転生者なのか?
「君は……」
「旅人!!!!」
俺たちの会話を断ち切るようにしてその場に大きな怒号が鳴り響く。
声のした方向をよく見ると、ぼんやりと暗くなる道の先にどデカい体つきの男が見えた。明らかに手練れという感じだ。
話の腰折りやがって!
「あの人は……さっきの人たちのリーダー『ヘッド』です!」
「なるほど、やっぱりそうか」
「お前だな、俺の仲間達をやった奴は?」
「はぁ〜。そうだが」
「チッ、すかしやがって。ぜってぇぶっ殺す!」
ヘッドはまた俺に怒号を飛ばしてくる。
顔が赤くなり血管は浮き出てまるで鬼の様だ。
はぁ〜正直面倒くさいが、これは逃げれそうにない。
こうなったら、
「かかって来い」
そして俺は鞘から刀を抜いた。
「はっ、何だその貧弱そうな剣は」
ヘッドは俺の刀を見るや否や嘲笑し始めた
確かにヘッドの持つ大剣と比べたら刀など貧弱そうな武器に見えるだろう。現にこうやって馬鹿にされてるし。
「そういうの良いから、早く始めようぜ」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
こいつ、情緒不安定すぎだろ。
俺は呆れる様にして肩を落とす。
「お兄さん……」
「大丈夫、俺の後ろで離れない様にしてろ」
「わかりました」
相当怯えている。
離れながらの戦闘は少し荷が重そうだ。
だとしたら……
「お兄さん!」
ブンッという風切り音と共に俺の目の前からほぼ骨の死体が飛んできた。あいつ死体投げるとか、どういう神経してんだ!
「オラァ!」
そのままヘッドが手に持った大剣で大振りの一撃を地面に放ち、瞬く間に地割れを起こした。凄い攻撃だ、当たったらひとたまりもないな。
「行くぞ!」
次の瞬間辺りには大きな金属音が響き渡る。どちらの剣も火花を散らしながら交錯し合い、常人の眼では到底追うことのできない速度で戦いは繰り広げられた。
お互いに鋭い眼光を輝かせ、相手の急所目掛け鋼鉄の刃を振り下ろし合う。
一度、俺の刀はやつの脇腹に切り掛かるが、こいつもその大剣一本でこの世の中を生き抜いた強者。俺の攻撃をしっかり弾き返し、一旦体制を直した。
「はぁ、はぁ。やるな、旅人風情が」
「そりゃどうも」
「チッ、一々癪に触るやつだな……まあでも、お前はこの攻撃を避けきれない!」
ヘッドは剣を鞘に戻し構を取る。
居合と同じ姿勢だが、あの剣で居合をしようとするとは到底思えない。そうなったらあれは技のトリガーだ。
その予想通り、ヘッドの鞘に周りの空気が集まっているのを確認できた。
「剣技か?」
「俺の最強の技だ、今になって逃げるなよ」
「逃げねえよ」
「チッ、うぜぇ。まあでもこれで終わりだ!」
一瞬、時が止まったかの様に周りの空気が静止する。
ヘッドの威圧が辺りを轟かせているのだ。
【
ヘッドがそう言い剣を抜くと、名の通り空を切る斬撃がこちらに飛んできた。初めて見るやり方だ。
「お兄さん!」
「【ラルフラーラ〈突風を出す魔法〉】➕【烈葉風〈鋭い風を出す妖術〉】」
俺の出した二つの技はヘッドの【斬空】を相殺した。
案の定ヘッドは驚きを隠せないでいる。
「な、なんでだよ!」
「なるほど、そうやってんのかそれ」
「は!? 何言ってんだお前!」
俺はヘッドがやったように刀を鞘にしまい居合の体制をとった。周りに意識を集中して鞘と刀の隙間に空気を溜める。
「そ、それは俺の……」
「使わせてもらうぜ。【斬空】」
鞘から刀を抜いた瞬間、ヘッドよりも大きな斬撃が一瞬にしてヘッドの横を通り抜けた。
「意味が……わから、ない」
その場にヘッドは泡を吹いて倒れる。
俺はふうっと息を吐いて刀を鞘にしまった。
典型的な噛ませ犬だな。
それにこの【斬空】。
汎用性は高そうだが隙が大きいこれは改良しないと使えないな。
「大丈夫ですか!」
アシュリゼがそう言い俺の元まで駆け寄ってきた。
顔には心配の顔と驚きの顔が現れている。
「大丈夫だよ、このとおり怪我もないし」
「凄かったです。まさかあの凄い攻撃を真似するなんて思ってもいませんでした」
「それで、さっきの話の続きなんだけど」
「ああそうでしたね、どうですか? 雪月ちゃんのこと心当たりありませんか?」
「それが実は……」
俺はアシュリゼに伝えるべきことを全て話した。
俺と雪月が兄妹なこと、人生が変わったあの日のこと。
それを話すと一瞬アシュリゼは驚いた顔をした。が、少し経ってまた真剣な顔に戻った。
「火月さん、実はもう一つ言わなければいけないことがあるんです」
「俺の名前も知ってるんだな」
「はい」
その目は何かを覚悟したように俺の方をまっすぐ見つめてくる。俺は固唾を飲みアシュリゼの言葉を待つ、そしてアシュリゼは驚くべき発言をした。
「私は……あなたを探していたんです」
この時、ここ数年微動だにしなかった俺の歯車がこのアシュリゼという少女のおかげでゆっくりと回り始めた。
俺がどう足掻いても動かなかった歯車が一人の少女によって動いたのだ。この奇跡と言わんばかりの出来事が、俺の旅の方向を180度大きく変えるのであった。
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