二 焦り②
まだ軍部には行ったことが無いというのもあったが、睡蓮としては天擂が軍部でも不遜な態度をとって、兵士達の不況を買っていないかが気がかりだった。
「睡蓮とあの男はどういった関係なの?」
「……友人……のような人かしら」
「曖昧ね」
「私、皇都で治療院を営んでいたんだけど……そこで問題があると、天擂さんが助けてくれたの。何故助けてくれるのかを尋ねたら、何となくと言われて」
「何となく助けに入るような男には見えないけれど」
汕枝はぶっきらぼうに答える。汕枝の目から見た天擂は、
「ええ、私もそう思う。けど、そこからずっと、私が正式に婚姻する日取りが決まるまで側にいてくれた。だから、私にとっては……友人……としか言葉にできなくて」
睡蓮は他に当てはまる言葉を探したようだが、今一つ見つからない。
「見返りは何も?」
「ええ、全く。むしろ、私の話し相手になって頂けたり、色々な情報を教えて頂いたり……併設された孤児達と遊んだりも」
汕枝は「へえ」と適当な相槌をうったかと思えば、ボソリと睡蓮には聞こえ無い声で、
「やっぱり気に食わないわね」
と呟いて、ゆっくりと歩みを進め始めたのだった。
◆◇◆◇◆
演習場の入り口。塀で囲まれたそこは、耳慣れない金属の音と男性特有の雄々しい声で溢れていた。睡蓮は思わず身を縮こめさせ、演習場へと入る前に足を止めた。兵士達の気迫に気押されたと言っても良いだろう。
ひょろひょろの自分が踏み込むのが場違いな気もして睡蓮は後退ろうとしたが、何かに背中を押されて振り返る。
気迫で満ちたような雰囲気。剣の打ち合い自体が、睡蓮には馴染みが無い。皇都にも兵士はいるが、あくまでも皇都の取り締まりや警備の為だ。
そうやって覗いていると、再び汕枝の鼻先が背中に当たる。急かされているのだと知っても、中々に踏み込めないもので、睡蓮は抗議しようと再び汕枝に振り返った。
「ねえ、汕枝。私、部外者よ? 勝手に入って良いものなの?」
「演習場でしたら大丈夫ですよ」
声は背後でなく、扉の向こうから。優し気な男の声の主が扉をそのまま押し開く。自然と睡蓮と顔を見合わせる形になって、睡蓮思わず顔を赤らめた。
「
突如現れた御仁に慌てふためき動揺する睡蓮に対して、秋雪は涼やかな顔で睡蓮に微笑みかけてそっと手を差し出す。自然なその優しさが、何ともこそばゆい。睡蓮は恥ずかしさを抱えて隠したいのもあって、おずおずとその手に自身のそれをそっと重ねた。
良く見れば、秋雪の格好は兵士のような支給される軍服でこそ無いが、それに近い軽装だった。腕には籠手、腰には剣。額には汗が流れて、白髪には僅かに乱れがあった。
その手も、涼やかな顔とは違い、見た目の印象よりもずっとごつごつとして男らしい。
「あら、秋雪様もいらしてたのね」
「気分転換に。汕枝は参加しないのか?」
「私は遠慮するわ。睡蓮と一緒に日陰にいるわね」
そう言って、汕枝は再び鼻先で睡蓮の背中をぐいぐいと押す。壁際にある一本の木の下へと追いやると、石椅子を見つけて汕枝はその横に腰を据えた。
睡蓮も諦めのように椅子へと腰を下ろすと、今も続く剣撃へと目を向ける。雄々しい掛け合いの中、その一端へと戻っていった白髪の姿の他にも、同系の色素の薄い者達が何人と剣を構えて立つ。
雲州特有の色だろうか。白家は、白龍族の血筋とされて今も尚その血が多く受け継がれている。
皇都にもその血と思わせる姿はあるが、これだけの数が一堂に介した数となると、やはり此処は皇都ではないのだと思い知らされた。そのまま、睡蓮は景色でも眺めているような気分で呆然と焦点はどこといえない場所を捉えていた。
そこへ、それまでに無い激しい金属音が鳴り響いた。
目を覚まさせるようにけたたましく。ぼんやりとしていた睡蓮の思考を覚醒させるには十分だった。
それは周りも同じだったようで、続いていた気迫ある剣の打ち合いが止まって、どよめきが生まれる。戸惑いが渦巻いた中心へと誰もが目を向けて、睡蓮も自然と目がいった。
集まった視線の先にいたのは、鬼気迫る顔をした
見た事もない剣呑な目つきが、今打ち負かしたであろう相手へと向けられて、普段の気さくな人柄からは想像もつかないように殺気立っていた。
しかしそれも、煙のように霧散してあっさりと睡蓮の知る気さくな男の顔へと戻っていく。
打ち負かし、地へと倒れた相手へと慮る天擂は、剣を鞘へと納めて相手へと手を伸ばす。一言二言相手と会話すると、視線が睡蓮へと流れた。
雄々しい軍の中から抜け出して、睡蓮が座る隣へと遠慮なく腰掛けた天擂の顔は疲れもない。そどころか、先ほどまでの剣呑な表情が嘘かと思うほどに穏やかだった。
「どうしたよ、こんなところまで来て」
「いえ、何となく。天擂さんこそ……剣が扱えるなんて知らなかった」
「まあ、昔は師範がいて教わってたんだ。辞めちまったけどな」
「どうして?」
「さあな……なんでだったかな」
天擂の声が僅かに沈んだ。けれども、睡蓮はそれ以上追及はせずに天擂へ向けていた目線を逸らして、自身の足下を見つめながら静かに「そう」と返しただけだった。
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