黒鶴異世界にて剣を取る

@HisakT

第1話 夜更けの酒場

 夜も更けた頃、私は市場の外れにある酒場で、酸っぱいだけでコクも深みもない、ぶどう酒らしき液体を口にしていた。

 取り立ててお酒が好きというわけではない。飲んでいるというよりは、飲まされているという表現が正しい。私と五感を共有している『彼女』が無類の酒好きなせいだ。アル中かというくらい、飲め飲めとあまりにうるさいものだから、仕方なく嗜むようになった。とはいえ、最近はほろ酔い気分もそう悪くはないと思えるようになってきた。


(この一杯だけだからね)


 


(あなた、少しは程度ってものをわきまえなさい。それに、明日はギブソンの店にブーツをオーダーしに行くんだから、お酒でむくんだ脚なんて見せたくないわよ)


   


(というか、あなたってどうしてこうお酒好きになっちゃたの?)



(その変な笑い方で誤魔化すな。元はといえばあなたの判断ミスでしょうが)


 私は腰のベルトのホルダーに懸架されている白い剣の柄をこつんと叩いた。

 


(あっそう。あんたみたいな呑んだくれは、いざという時に役に立ちそうもないし、ヘルハウンドの巣窟にでも放り投げ込んでやろうか? そこで一晩中弄ばれたらいい)


 


(ふふふ……) 


 そんな心の中でのくだらない話の相手が私の同居人だ。正確に言えば、私が所持する剣の中にいる人格と記憶。


 私の名は美鶴……。今はミツル・グロンダイルと名乗っている。元リーディス西方騎士団団長【ユベル・グロンダイル】と、精霊の巫女【メイレア・オベルワルト】の娘として転生した存在。そして、携える剣の名は「白きマウザーグレイル」。その内には私と同じように転生してきた一人の少女がいる。彼女の名は「茉凜」。

 もっとも、本来の彼女は元の世界に留まっていて、剣にいるのは転写された形のもう一人の彼女といえるのだが。

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