転校生
「眠い…。」
もう何度呟いたかわからない言葉をいつも通り口にする。
俺はずっと寝不足なんだ。一度でいいから、好きなだけ寝てみたい。
寝不足になってしまった理由は、俺の体が魔に変化してしまったからだ。魔は、光を嫌うため、夜に活動をする。だから夜は、人間の昼間のような状態になる。逆に昼間は、影の中に潜って休息を取る。
当然、俺もそうなった。できることなら、そんな昼夜逆転生活をしてみたかった。
だが、学生という身分がそれを許さなかった。昼間は学校に通わなければいけない。夜は眠りづらいのに、昼間は眠いけど眠れない。そんな状況に追い込まれていた。
これ、よく考えてみると、すっごい不健康だよなと思う。5年間よく体調を崩さなかったなとも。
学校に到着して、のんびりと階段をのぼり、ガラリと教室の扉を開ける。
ざわざわしていた教室が一瞬静かになって、その後また、騒がしくなる。
毎回思うけど、扉を開けるたびに、その音がした方を見るのはやめてほしい。ちくちくして気持ち悪いから。まあ、気持ち悪くても気にしないけど。
そのまま、1番後ろの窓際の席へ進んでいく。
背負っていた鞄を下ろして、机の上に置く。
席に座ってフードを深く被り直し、置いた鞄の上に頭を乗せる。そしてそのまま目を瞑る。
2度寝は素晴らしいものだと思う。朝起きた後に、学校でもう1度寝てしまえるのはすごく幸せだ。
しかも、俺は1番後ろの窓際の席だから、日光もよく当たる。光はすごく嫌だが、ポカポカと暖かい空気はすごく心地がいい。光さえ除けば、素晴らしい寝所だ。
昼間は一応学校に通っているが、実際は、ほとんどの時間を寝て過ごしている。
成績は、寝ながら授業を聞いてテストで点を取ってるから、授業態度以外の成績は維持できている。担任の先生からのコメントで、もっと真面目に授業を聞きましょうと書かれていても問題ない。成績はいいのだから。
◆◆◆◆
「おい。ルノワのやつ寝たか?」
「ああ、この感じだとぐっすりだぞ。」
クラスメイトたちは、ルノワが寝た後に、ルノワについて騒ぎ出す。
彼らはルノワが寝た後しか騒がない。起きている時は聞こえてほしくない話題だからだ。
「あいつ、なんでずっとフード被ってんだろうな。」
「わかんねぇよ。それよりもなんでずっと寝てるのに俺らより成績がいいんだよ。」
彼らはルノワに絶対近づきたがらない。
話したこともない人に関わろうとするとき、1番最初に注目するのは外見だからだ。外見からして、不気味なルノワには、近寄りがたい雰囲気があった。
「やっぱり妖怪なんじゃねえか?前にも噂になってただろ?気づくといなくなっていて、気づくとそこにいるってさ。」
「流石にそんなわけないだろ。」
「もし、そうだったとしてもそうでなかったとしても、俺はあいつに絶対近づきたくないな。」
「それ言えてる。」
◆◆◆◆
クラスメイトに妖怪呼ばわりされていたとは。まあ、人じゃないことは当たってるから間違ってはいないんだろう。
それより、どうしてその話をこそこそ隠れてするのだろうか。こっちが全部聞こえてることくらい、寝てるのに成績がいいという出来事から簡単に推測できるだろう。
(俺に絶対近づきたくないとか言っちゃってるけどさ、俺はお前らと関わるつもりなんてないけどな。)
本人が聞いていないところで平気で悪口を言ってくる奴らと付き合いたいとは思わない。正直どうでもいい。
俺にとってクラスメイトは、ただ同じクラスに集められただけの他人だった。
やっぱり学校は好きになれない。授業が楽しくないからではない。授業自体はなかなか楽しい。だが、人と関わらなければいけないというところがわからない。相手はどう受け取るかもわからない。相手から話を受け取った時の反応の仕方がわからない。
相手がどんな思考回路で考えているのかがわからない。自分の人の心を食べてしまったから、余計にわからなくなってしまっていた。もしかしたら、最初から理解できていないのかもしれない。
きっと、相手の気持ちが、反応が理解できない理由は、俺が周りに興味を持っていないからだ。どうでもいいと思っているから、関わる気にもならない。
お互いに相手のことを知ろうと歩み寄ろうとしないから、俺とクラスメイトは関わることはない。
教室の隅っこで孤立しているくらいがいい距離感だろう。
もし襲ってしまいそうになっても対処できるから。
もうすぐ、ホームルームの時間な気がして、体を起こす。
やっぱりものすごく眠い。それでもさっきよりはマシだ。多少は寝ているのだから。
腕を大きく上げて、伸びをする。
先生が入ってきて、出欠確認を始める。とりあえず、その時だけ返事をして、もう1度寝ようとする。
3度寝はできなかった。
「今日、このクラスに転校生が来る。」
出欠確認をした後、先生が、このクラスに転校生が来ると伝えてきた。
今日は6月14日だ。こんな時期に転校してくるのはすごく珍しいなと思う。
「おお!先生、男ですか。女ですか?」
「やっぱり異性がいいなぁ。」
クラスメイトはものすごく盛り上がっている。珍しいとは思うが、そんなに盛り上がる必要はないと思う。うるさいし、静かにしてほしい。
「じゃあ、入ってきてくれ。」
そう先生に呼ばれて、教室に入ってきたのは、銀髪青目の美少女だった。
「晴光せいこう マリカです。よろしくお願いします。」
マリカという美少女はにっこりと笑ってそう言った。すごく元気そうないいこだ。
超美少女の転校生がクラスに来た。それは、クラスの男子にも女子にもすごく盛り上がる話題だった。
たくさんの人がマリカに話しかけていた。
さっきまで騒がしかった教室がさらに騒がしくなった。今すぐ耳栓をしてヘッドホンをつけて寝たい。どっちも持ってないけど。
彼女のことは悪いけど好きになることはできなさそうだ。
「私、晴光 マリカっていうの。あなたの名前は?」
そんな美少女が俺話しかけてきた。まあ、隣の席だからな。まさか隣の席だとは思わなかった。
めんどくさい。
モゾモゾと体を動かす。
クラスメイト…特に男子からの視線がすごい。ものすごくきつい。尖っている感情がチクチクと刺さってくる。
(いやだぁ。)
あくびをした後はぼーっとしてたけど、もういいや。寝よう。
話したくないなら、話せない状況にしてしまえばいい。
ーすやぁ、す〜
俺は体を倒して再び寝た。さっき寝られなかったから。
後が大変になるかもしれないが、とりあえず今、嫌なことから逃げられたからいいか。
「ねえ、いつまで寝てるの?あなただけなんだよ。名前。ねえ、名前教えてよ。」
ほんっとうにしつこい。
あれから、3時間。授業の間の休み時間、マリカはずっと俺に話しかけてきていた。
いい加減諦めてくれないか。
一回起き上がって、あくびに伸びをした後、もう1度眠ろうとする。だが、彼女がフードを取ろうとしたことで、無理やり起こされた。
取ろうとした手を掴んでパシリと払う。
フードをかぶってもう1度寝ようとすると、こう言われてしまった。
「あなた、ずっとフードをかぶってるよね。何か隠してるんでしょ?取らせてよ。」
「それはダメだ。」
お前はフードを外そうとしたのか。外されたらものすごくこまる。俺が。
(おまえ、人の秘密を勝手にバラそうとするな。)
俺は彼女を睨んだ。
「フードをずらすのは絶対にダメだ。」
「ふ〜ん?なんでダメなのかは気になるけどそれは後でいっか。また狙ってみるよ。」
絶対にやめてほしい。そしてできることなら近づかないでほしい。お前のことはすごく苦手だ。本当に無理だ。
「それよりも、名前を教えてよ。」
本当にしつこいが、俺の名前を教えるまで彼女は絶対に諦めないだろう。
ずっと話しかけられ続けるのもいい加減疲れた。嫌嫌だが、簡潔に答えた。
「雨影 ルノワ。」
「へぇ!ルノワっていうんだ。珍しい名前だね。苗字も名前もあまり聞いたことないや。これから隣の席同士よろしくね!」
名前を聞いただけなのに、彼女は嬉しそうに笑った。太陽のように明るい笑顔だった。
俺はやっぱりお前のことを好きになることはできない。どんなに可愛くても、どんなに中身がいい人でも、太陽みたいな彼女はすごく眩しいから。目が眩んで見ていられなくなるから。
「よろしく。」
とりあえず、最低限の会話をした。これ以上会話すると、俺がしんどい。俺と話してもつまらないだけだと思うぞ。外から見ると俺はずっとフードをかぶっている変人だからな。そもそも人じゃないし。
よし、寝よう。本当になんなんだよ、お前は。
さらに話を広げようとしないでほしい。関わりたくないオーラを出しているつもりなのに、どうして近づいてくる。
絶対に俺はこれ以上関わらないからな。
◆◆◆◆
ルノワが4度寝を始めた後、マリカはよしっ、と手を握る。
「よし!やっと全員の名前を聞けた〜!」
「マリカ、おめでとう!」
「ルノワのやつ強敵だったな。」
全員の名前を聞くことができたマリカに、クラスメイトはおめでとうと称賛をおくる。
「みんなに聞きたいことがあって、雨影 ルノワってどんな人なの?」
マリカは、ルノワについて気になったことをクラスメイトに聞こうとした。
すると、話を聞いていた人たちは、微妙な表情をしだした。そのあと話した内容も、よくわからないものだった。
「う〜ん。なんというか…変人?」
「あまりよく知らないんだよね。話したことないから。」
「妖怪みたいな感じだよ。気がつくと消えてたりするから。」
「へえ〜?そうなんだ。前から一緒のクラスの人ならよく知ってると思ったんだけど。」
マリカはすごく驚いた。初めて会った自分はともかく、クラスメイトさえもルノワのことを知らないのだ。彼について、クラスメイトから分かったことは、とんでもない変人ということだけだった。
「そうだ、ルノワのフードの中身ってどうなってるか知らない?さっき取ろうとしたらすごく睨まれたから。」
「あ〜それ?もう絶対やらない方がいいよ…。俺たちもさ、何回かフードを取ろうとしたいことがあるんだよ。」
「全然取れなかったよね。取ろうと近付くだけで起きるんだもん。」
「一回、思い切り大人数で襲いかかって取ろうとしたことがあったんだけどさ、あいつどうしたと思う?
なんと!席から立ち上がって全員投げ飛ばしたんだよ。
その後、何事もなかったように席について、また寝始めたんだよ。
すっげぇ怖かった。めっちゃ睨んでくるからさ。」
「(そうなんだ…。やめた方がいいか。実際、取られたら、睨むどころじゃなさそうだな。)
中身は気になるけど、キレられたら困るし。
みんなにはやめとけって言われたけど、無理やり取るんじゃなくて、仲良くなってから見せて貰えばいいか。)」
マリカは、午前最後の授業を聞きながら、隣の席のルノワの顔を見る。
寝癖ではねている金髪が、フードから少しだけ見えている。
彼が、授業で当てられたみたいで、前の席の人が起こそうとしている。起きなさすぎて、他の席の人も起こそうとする。
起きる気配は全くないのに、手だけを動かしてノートを開いて何かを書いた。そしてそれを先生に見せる。
「すげ〜。起きてないのに、答えを発表してる。」
「見てないのに、なんの問題かわかってるぞ。」
「(不思議な人だな。どうやってやっているのかがすごく気になる。
弁当を食べるときにはきっと起きるだろうし、そのときに聞いてみようかな。)」
ルノワを観察していたマリカは、そう決めた。
◆◆◆◆
この感じは、4時間目の授業が終わった感じだ!起きないとな。
俺は起き上がって、枕にしていたカバンの中身を取り出す。カバンの中には、ノートと筆箱、水筒と弁当が入っている。
中に入っているうちの、水筒と弁当を取り出す。
カバンはロッカーの中に投げる。
この間、わずか5秒。新記録達成。
教室の中で弁当を食べるつもりはないから、外に出ようと弁当と水筒を持って準備を始める。
「で、何か用?」
隣の席には、俺に何かを話したそうにしているマリカがいた。
この感じだと、確実に面倒なことだと思う。
俺は、眉間に皺を寄せてマリカの目を見る。
マリカは、声をかけた後すぐに要件を言ってきた。
「ルノワくん。一緒に弁当食べませんか?」
「嫌だ。」
俺はすぐに断った。理由はいくつもある。めんどくさいし、めんどくさい。自分の羽を伸ばすことができる貴重な時間を使いたくないし、1人でいたいし、めんどくさい。
とにかく嫌いな奴と一緒に弁当を食べたいなんて考えるわけがないだろう。
「どうして断るんですか。」
彼女がズカズカとこちらに近づいてくる。隣の席なので、1歩くらいだが。
人が嫌だと言っているのになぜあきらめない。こういうところも嫌いなところの一つだ。
なぜわざわざ理由を説明しないといけない。嫌なものは嫌なんだ。
これ以上話しても俺は絶対に断る。だからこの会話は時間の無駄だ。
ルノワはあからさまに嫌そうな顔をする。
俺は、彼女を突き放すためだけに、話をした。
「嫌だから。あと、しつこくてめんどくさい。あとお前のことは好きじゃない。好きじゃない人と弁当を食べるわけないだろう。」
「っ!」
彼女はとても驚いた顔をした後、悲しそうな顔をした。
これでいい。
こうやってたくさんの人の前で拒絶すれば、俺に絶対に近づこうとしなくなる。だから、もう俺と関わろうとしないでくれ。
「私は!ーー」
彼女は何かを言い返そうとしていたが、俺はその前に空いている窓から弁当と水筒を持ってベランダに出る。
落ちないように設置されている柵に飛び乗って下を見る。そして、飛び降りた。
やっぱり、高いところは楽しい。開放感があるから。
「待って!」
彼女が何を言おうと関係ない。俺の時間は俺のものだ。何をしようと関係ない。
◆◆◆◆
「待って!ここ3階…」
マリカは、飛び降りたルノワを追いかけて、ベランダに出る。
柵から上半身を乗り出して、下を見ても、ルノワはどこにもいなかった。
「これは?みんなはどうして驚いていないの?クラスメイトが飛び降りたんだよ!」
マリカは、何事もなかったように弁当を食べていたり、会話をしているクラスメイトに質問する。
「う〜ん?まあ…ルノワだしね…。」
今のことを見ていたクラスメイトが顔を見合わせる。
「あぁ、ルノワが昼休みにどっかいくのはいつものことだよ。今回は多分晴光さんが話しかけてきたから強引に窓から出ていったんじゃないか?」
いつも通りのことと聞いて、マリカはさらに驚く。
クラスメイトが慣れきってしまうほど、ルノワはどこかにいってしまっているからだ。
「それより、あいつの運動神経バケモンだよな。」
「わかる!しかもいつの間にか戻ってきてるからな。妖怪って呼ばれ始めてる理由でもあるしな。」
「注意してもやめてもらえないもの。そもそも話すら聞いてくれなかったわ。」
クラスメイトはいつも通りに話すだけだ。
マリカは本当に驚いていた。ルノワの運動神経にも、クラスメイトの適応力にも。
このクラスには珍しい出来事が多い。
今日は6月14日だ。まだこのクラスになってそんなに時間は経っていないにも関わらず、3階から飛び降りる生徒がいることに慣れきっているクラスメイト、当たり前のように3階から飛び降りる生徒、こんな時期に転校してくる生徒などがいた。
◆◆◆◆
俺は、下に飛び降りた後、太陽に当たってできた俺の影に潜る・・。
この影は、俺が魔になって手に入れた能力の一つだ。この中には許可した人間以外は誰も入ることができない。
だからこそ、フードをとって、本来の姿を隠すことなく出すことができる。
早速フードをとって、翼と尻尾を出す。
尻尾で器用に弁当の包みを開けながら、こっそり持ってきた禁止されているはず・・・・・・・・・のスマホを取り出していじる。
「ん〜。やっぱり隠してないほうが楽だな。」
この空間では、人間の自分を演じる必要はない。この中での俺は、本当の俺だ。
「バレたくない。ずっとここにいたい。」
ルノワは、そう本音を漏らす。
できることなら、外の世界でも自分のありのままの姿でいたい。それができないからこそ、昼間は・・・隠れて本来の姿になっている。
俺は、さっき誰にも伝えようとしなかった事情を心の中で呟く。
今まで、自分が魔のような姿になってしまい、実際魔になっていると誰にもバレないように隠して生きてきた。ずっと1人で過ごすようにしていたのも、そのためだ。
ーぐうぅぅぅぅうううう
(また腹の音がなった。弁当じゃ腹を満たすことができないな。)
最近は腹が減るスピードも早くなってる。
やっぱりずっと人の心を食べようとしなかったのがよくなかったのか。でも、意図的に人の心をたべようと人を襲ったら、それこそもうおしまいだ。無意識で襲っていたからこそ、まだ人を殺すことを嫌がっているが、殺してしまったらそれも嫌がらなくなりそうで怖い。
…最近は、毎日夜遊び・・・をやってるしな。今日はしっかりめにやらないといけないな。
弁当は美味しいんだが、腹は満たされない。だからついついかき込んでしまう。
俺にとって、最近の弁当とは、腹を満たすためのものではなく、味を楽しむものになっていた。
腹を満たせないと、やっぱり自分は人間じゃなくなっているとよくわかる。主食が変わってしまっていることも。
「俺は絶対に、誰かと仲良くならない。もし襲ってしまうと困る。
もし襲ったとしたら、俺が死ぬ。光聖に見つかって殺される。
はあ、考えることが多すぎる。寝よう。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます