一部

一章 影の日常

はじまり




 30年前、今は魔と呼ばれる生物が世界中に突然現れた。


 魔は今までの生物とは違い、黒い謎の力を使う。人を襲い、心を食らうことで生きていて成長する。心を完全に食べられた人は、中身を失ったことで抜け殻のようになってしまう。人々は逃げたが、何もできない人が魔に叶うはずがなく、人口はどんどん減っていった。




 そんな時、魔を倒すために存在しているような光の力を使えるようになるものが現れた。その人たちはそれぞれ各国に集まり、魔を滅ぼすための組織を作り上げた。


 日本の組織の名前は光聖。名前の由来はそのまま聖なる光という意味だ。魔が苦手な光を操るものたちが、魔を次々と倒していった。人々はギリギリのところで体制を立て直し、生き延びることができた。




 それから光聖を中心に、人々が安全に暮らすことができる場所を作った。




 光聖は昼間、魔が絶対に現れないよう日光を使って結界を張った。夜は、時折侵入してくる魔を倒していた。


 




 ◆◆◆◆






「俺、頑張ったんだよ。手伝おうとしてぇ…。」




 この日、少年ルノワは両親と喧嘩をした。ルノワの両親はどちらも仕事で忙しく、自分はいつも家で1人だった。


 両親にもっと自分を見てもらいたかった。だからルノワは褒めてもらおうとした。靴を並べようとして高いところの靴まで全て落とした。トイレを洗おうとして床を水浸しにした。お皿を洗おうとして何枚か割った。




 夜遅くに帰ってきた当ルノワの両親は当然怒った。なんでこんなことをしたの?と。ルノワは構ってほしくて、褒めてほしくてそれをやった。


 だが、両親はルノワを打った。ルノワはなんで打たれたのか分からなかった。だが、打たれた途端、涙が溢れてきてしまった。


 頑張って家の手伝いをしようとしたのに怒られた。今ルノワには怒られた事実だけが目の前にあった。




 ルノワは家を飛び出した。いく当てもなかったがとりあえず1人になりたかったのだ。




「ルノワ!魔が出るから戻ってきなさい!」




 父と母が自分のことを連れ戻そうと叫んでいた。ルノワはその話を気にも止めずに走り続けた。ルノワはまだ魔という存在にあったことがない。魔なんているわけがない。そう思っていたのだ。逆にあったことがある人の方が少ないくらいだが、とにかくルノワは魔の存在を信じていなかったのだ。




 しとしとと雨が降っている。ルノワは家を飛び出す時、しっかり自分のレインコートをきて長靴をはいていたため濡れることはなかった。レインコートはルノワが自分で選んだものでお気に入りだ。


 両親が自分を追いかけにきてくれるとでも思っていたのだろうか。走っているとき、ルノワは突然足を止めて家の方を振り返った。後ろには誰もいない。道を歩いているのはルノワだけだった。




 ルノワは公園まで止まることなく走り続けた。走っている時も度々後ろを振り返る。どこを見ても道を歩いているのはルノワだけで、公園についてベンチに座った時、大声で泣いた。涙は雨と混ざり溶けて消えていく。どれだけ泣くことをやめようとしても、ルノワの涙が止まることはなかった。




 雨がいっそう強くなってきた。かぶっていたレインコートのフードも取れてしまっている。ルノワはずぶ濡れになっていた。


 寒いけど濡れるのをやめたくない。寂しいけど帰りたくない。ルノワは目の前の水たまりを見つめていた。何かをするでもなくただ見つめていた。


 


 雨が少し弱くなった時、水たまりに黒い人影が映った。その後、顔に当たってくる水がなくなった。




 頭に水がかからなくなったことに気づいて顔を上げると目の前には顔の見えない男がいた。




 顔の見えないと言うのは顔を何かで隠しているという意味ではなく、本当に見えないのだ。はっきり見えているはずなのに、ぼやっとしか認識できない。その男は不気味で、どこか近づいてはいけないような雰囲気をしていた。黒いおおきな帽子と上着を身につけていた。ルノワは男のことが少し怖くなった。


 男はルノワに傘をさしてくれていた。顔に水が当たらなくなったせいで、泣いているのがわかるようになってしまった。


 ルノワはさっと泣いている自分の顔を隠し、慌てて袖で涙を拭く。






 帰らなきゃ。ルノワはそう思った。この男の近くにいちゃいけない。そう思った。


 ベンチから降りようとした時、男が、先ほどさしてくれていた傘を差し出した。そして、ずいっずいっと傘を押し付けてきた。ルノワは押し付けられる形で、傘を受け取った。




「あ、ありがとう。」




 ルノワは戸惑いながらも、押し付けられた傘を受け取った。




 


 突然、ルノワの視界は真っ暗になった。そして痺れるような感覚が、全身を駆け巡った。ずっと真っ暗なところにいると、上下がわからなくなるとルノワはこの時知った。




「逃げれば良かったな。父さん、母さん、ごめんなさい。もう怒らなくていいようにするから。」




 暗い世界はものすごく怖かった。自分の近くに誰かがいて欲しいと思った。ルノワは暗い景色を見ることをやめ、目を閉じた。




 どれくらい時間が経ったのかもわからない。目を開けるとずっと暗かった視界はよくなっていて、元の公園の景色に戻っていた。まだ雨が降っているが、空は明るくなり始めていた。いつも見ている日の光が今日はなんだか嫌だった。


 顔の見えない男が、どこからともなく鏡を取り出しルノワをうつした。




「なに?これ。」




 鏡に映ったルノワには、人とは思えないものがいくつかついていた。黒い2本の角に翼と尻尾。とてもじゃないが人には見えなかった。触ってみると、しっかり触られた感触がある。これは明らかに自分から生えているものだとわからされた。




 男の顔をみると、完全ではないが、顔が見えるようになっていた。




「ヒッ!」




 男は、目が三つあった。口も裂けてて角も生えている。これが父さんと母さんが言っていた人ならざるもの。魔・だとわかった。




 


 男は、怯えているルノワにスッと近づくと、フードを頭にかぶせた。




「あっ。黒いの全部隠れてる。」




 途端にルノワの翼と尻尾も隠れた角と一緒に消えた。今のルノワはフードが少し尖っているだけの男の子だ。そして、ルノワの上着の袖をめくった。自分の腕には黒い紐状のものが何重にも巻き付いていた。












「君。なんでこんな暗いところに1人でいたの?この辺りは魔が出るから危ないよ。」




 気づくと男はいなくなっていて、ルノワの前には知らない女の人がいた。どうやら女の人はルノワを心配してくれていたようだ。女の人はルノワの目線になるようにしゃがんで話を聞こうとしていた。




 




 


 おなかすいた…。




 ルノワは女の人を見て、いつの間にかそう考えていた。空腹を自覚した時、自分が自分のものではないような感覚に襲われた。何かを食べたいということしか考えられなくなった。




「おなか‥すいた…。」


「おなかすいたの?じゃあ何か買ってくるから待ってて。何か食べたいものはある?」




 ルノワは自然とその言葉を口にしていた。女の人は何か買ってこようとして立ち上がる。




「………が食べたいです。」


「今なんて言ったの?お姉さんもう一回言って欲しいな。」




「あなたが食べたいです。」




 ルノワは食べたいと口にした時、涎を垂らしていた。次の瞬間ルノワは女の人に襲いかかり、体から半透明のものを抜き出した。女の人はその場で硬直し後ろに倒れた。


 ルノワは女の人から抜き出した半透明のものを口に入れる。口に入れた瞬間空腹が満たされた。それは萎んだ風船に空気を入れるような感覚だった。ルノワはその半透明のものをあっという間に食べ切った。こんなに美味しいものは食べたことない。と思うほど半透明のものは美味しかった。




 食べ終わった後、ルノワは冷静になる。自分は今、なにをして何を食べたのか。女の人から抜き取った何かを食べた。それはわかってる。抜き取られた女の人はまだ目覚めない。




 ルノワは女の人に近づいて、呼吸と心臓の音を確かめた。心臓が動いていなければ死んでいると学んだからだ。女の人はどちらの音もしていなかった。




 ルノワは自分がとんでもないことをしたことに気づいた。人を殺してしまったということ。








「うわぁぁぁぁあああっあああぁあぁああ!」






 ◆◆◆◆






 ルノワはそのまま慌てて家に帰った。とにかく家に帰ることだけを考えて全力で公園に来た道を走った。家に帰った後、ルノワはすぐに両親に謝った。何をしてたかもいった。勝手に家を飛び出したこと。公園で夜の間過ごしていたということ。公園での出来事をなにも伝えずに。




 何をしていたのかを聞かれても公園の出来事を伝えるつもりはルノワにはなかった。両親はルノワに何かを聞くことはなかった。




 その日のうちに、ルノワが行っていた公園で魔の被害に遭った女性の死体が見つかった。女性は心を完全に食べられており、朝方襲われたという。ルノワはその間、ずっと自分の部屋の中で引きこもっていた。カーテンも開けずにベットの上で。




 自分がやってしまったとわかっているからだ。魔の被害にあったという知らせを聞くまでは、信じていなかった。信じたくなかった。もしかしたら通りかかった魔が殺したのかもしれないとも思った。




 フードをとると現れる角と翼と尻尾を見るたびに、これが現実に起きたことだと思い知らされた。生えてきたものを実際に触ってみるとやっぱり触られた感覚があった。尻尾も引っ張ると痛かった。翼も動かそうとするとしっかり動く。


 ルノワは再びフードを被り、布団の中に潜り込んだ。






 ◆◆◆◆






 魔は人の心を食べなければいけない。食べないと成長することも腹が満たされることもない。


 ルノワが人から魔に変化してから5年。ルノワは中学1年生になった。




 ー朝はものすごく憂鬱だ。太陽が登って明るくなるから。


 ルノワは、魔になった時から、日の光が苦手になっていた。元が人だからか日の光の下で過ごすことはできるができるだけあたっていたくはない。




 (今日も学校に行くのか…。はぁ、めんどくさい)




 部屋を出る前に白いラインの入った黄色い上着を羽織り、フードを被る。すると、見えっぱなしだった翼と尻尾は綺麗に消えた。角も、周りから見るとフードがなんか尖ってるな?と思うくらいだ。




 下に降りるとテレビがついていて、魔についてのニュースがやっていた。魔の被害があった場所を伝え、夜になるべくで歩かないようにと注意をするものだ。


 ルノワが住んでいる地域にも魔が現れ、すでに1人の人が亡くなったとニュースキャスターが言っていた。普通なら、へー気をつけないとな。と思うだけだろう。だが、ルノワにとっては少し違う。




 あの日以来ルノワは人の心を食べていない。食べようとしていない。ルノワが空腹を凌ぐために食べていたのは、人だった頃の自分の心である。自分の心を食べることによって、人を食べないようにしていた。自分の心を食べ切った後、ルノワは夜に家から抜け出し、歩き回る魔の心を喰らっていた。共食いである。


 だが、それにも限界があった。その結果が今日報道されていたニュースである。ニュースでやっていた連続で現れた魔。それは自分のことかもしれないとルノワは気づいた。




(やっぱり食べてたか。今日はやけに飢えていないと思ったら。)




だが、それだけだ。




「人の心を食べてはいけない。もうなるべく夜は起きていよう。」




 ルノワは自分に言い聞かせる。




ーーぐううっぅぅうううううう


 ルノワの腹の虫が大きな音で鳴く。




(それでも、食べたらダメだ…。また、うっかり殺してしまったらダメだ。制御しないと。)




 ルノワは鳴き続けている腹の虫を押さえつけるように手を当てる。




「おなかすいたな…。」




 ルノワはテレビを消し、自分の腹をさすりながら学校に向かった。






 

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