黒影のルノワ

和音 トワ

短編版 はじまり




 30年前、今は魔と呼ばれる生物が世界中に現れた。魔は人の心を食べる。食べなければ生きていけない。さらに心を食べることで、魔は成長する。もしも魔に心を食べられると皆意識を失うという。そんな魔という存在に人々は恐怖した。


 そんな時、魔を倒すための力を使えるようになるものが現れた。そのものたちは各国に集まり、魔を滅ぼすための組織を作り上げた。日本の組織の名前は光聖。魔が苦手な光を操るものたちが、魔を次々と倒していった。






 そんな世界で生まれた少年は、あの日のことをずっと後悔している。たった一つの自分の行動のせいで、自分の人生が変わってしまったのだから。




 なぜ?なんであの時受け取ってしまったのか。なぜ、警戒しようとしなかったのか。


 なぜ、逃げようとしなかったのか。なぜ、助けを求めようとしなかったのか。


 なぜ、なぜ、なぜ、なぜ


 なんで、なんで、なんで、なんで………………どうして…こんなことをしてしまったのか…




 変わってしまった人生を今も歩んでいる少年は、振り返る。




 間違った選択をしてした自分のことを…。






 ◆◆◆◆






 この日、少年ルノワは両親と喧嘩をした。ルノワの両親はどちらも仕事で忙しく、自分はいつも家で1人だった。


 両親にもっと自分を見てもらいたかった。だからルノワは褒めてもらおうとした。靴を並べようとして高いところの靴まで全て落とした。トイレを洗おうとして床を水浸しにした。お皿を洗おうとして何枚か割った。




 夜遅くに帰ってきた当ルノワの両親は当然怒った。なんでこんなことをしたの?と。ルノワは構ってほしくて、褒めてほしくてそれをやった。


 だが、両親はルノワを打った。ルノワはなんで打たれたのか分からなかった。だが、打たれた途端、涙が溢れてきてしまった。


 頑張って家の手伝いをしようとしたのに怒られた。今ルノワには怒られた事実だけが目の前にあった。




 ルノワは家を飛び出した。いく当てもなかったがとりあえず1人になりたかったのだ。




「ルノワ!魔が出るから戻ってきなさい!」




 ルノワの両親は叫んでいた。ルノワはその話を気にも止めずに走り続けた。 ルノワはまだ魔という存在にあったことがない。逆にあったことがある人の方が少ないくらいだが、魔の存在を信じていなかったのだ。




 しとしとと雨が降っている。ルノワは家を飛び出す時、自分のレインコートをきて長靴をはいていたため濡れることはなかった。レインコートは、白のラインが入った黄色いもので、ルノワのお気に入りだ。


 追いかけようとする両親を期待したのだろうか。走っているとき、ルノワは足を止めて家の方を振り返った。道を歩いているのはルノワだけだった。




 ルノワは公園まで止まることなく走り続けた。走っている時も度々後ろを振り返る。どこを見ても道を歩いているのはルノワだけで、公園についてベンチに座った時、大声で泣いた。涙は雨と混ざり溶けて消えていく。どれだけ涙を流すのをやめようとしても、止まることはなかった。




 雨がいっそう強くなってきた。かぶっていたレインコートのフードも取れてしまっている。ルノワはずぶ濡れになっていた。


 寒いけど濡れるのをやめたくない。寂しいけど帰りたくない。ルノワは目の前の水たまりを見つめていた。何かをするでもなくただ見つめていた。


 


 雨が少し弱くなった時、水たまりに黒い人影が映った。その後、顔に当たってくる水がなくなった。それにルノワが気づいて顔を上げると目の前には顔の見えない男がいた。その男はルノワに傘をさしてくれていた。顔に水が当たらなくなったせいで、泣いているのがわかるようになってしまった。


 ルノワはさっと泣いている自分の顔を隠し、慌てて涙を拭く。そして再び男を見つめた。その男は不気味で、どこか不思議な雰囲気をしていた。ルノワはその男がどこか怖かった。




 帰ろう。ルノワはそう思った。帰ろうとベンチから降りようとした時、男が、先ほどさしてくれていた傘を差し出した。どうやらルノワに受け取って欲しいらしい。




「あ、ありがとう。」




 ルノワは嬉しそうに、差し出された傘を受け取った。




 


 突然、ルノワの視界は真っ暗になった。そして痺れるような感覚が、全身を駆け巡った。ずっと真っ暗なところにいると、上下がわからなくなるとルノワはこの時知った。


 暗い世界はものすごく怖かった。自分の近くに誰かがいて欲しいとルノワは思った。ルノワは暗い景色を見ることをやめ、目を瞑った。




 どれくらい時間が経ったのかもわからない。目を開けるとずっと暗かった視界はよくなっていて、元の公園の景色に戻っていた。まだ雨が降っているが、空は明るくなり始めていた。いつも見ている日の光が今日はなんだか嫌だった。


 顔の見えない男が、どこからともなく鏡を取り出しルノワをうつした。




「なに?これ。」




 鏡に映ったルノワには、人とは思えないものがいくつかついていた。黒い2本の角に翼と尻尾。とてもじゃないが人には見えなかった。人ならざるもの。魔・ではないか。とルノワは思った。




 顔の見えない男が慌てるルノワにそっとフードを被せた。途端にルノワの翼と尻尾も隠れた角と一緒に消えた。今のルノワはフードが少し尖っているだけの男の子だ。そして、ルノワの上着の袖をめくってルノワに見せる。腕には黒い紐状のものが何重にも巻き付いていた。












「君。なんでこんな暗いところに1人でいたの?この辺りは魔が出るから危ないよ。」




 ずっと下を向いていると、目の前にいた顔の見えない男は知らない女の人に代わっていた。顔の見えない男はいつの間にか消えていた。女の人はルノワを心配してくれていたらしい。女の人はルノワの目線になるようにしゃがんで話を聞こうとしていた。




 


 おなかすいた…。




 ルノワは女の人を見て、いつの間にかそう考えていた。空腹を自覚した時、自分が自分のものではないような感覚に襲われた。何かを食べたいということしか考えられなくなった。




「おなか‥すいた…。」


「おなかすいたの?じゃあ何か買ってくるから待ってて。何か食べたいものはある?」




 ルノワは自然とその言葉を口にしていた。女の人は何か買ってこようとして立ち上がる。




「………が食べたいです。」


「今なんて言ったの?お姉さんもう一回言って欲しいな。」




「あなたが食べたいです。」




 ルノワはそう言って女の人に襲いかかり、体から半透明のものを抜き出した。女の人はその場で硬直し後ろに倒れた。


 ルノワは女の人から抜き出した半透明のものを口に入れる。口に入れた瞬間空腹が満たされた。それは萎んだ風船に空気を入れるような感覚だった。ルノワはその半透明のものをあっという間に食べ切った。こんなに美味しいものは食べたことない。と思うほど半透明のものは美味しかった。




 食べ終わった後にルノワは思う。自分は今、なにを食べたのだろうと。女の人から抜き取った何かを食べた。抜き取られた女の人はまだ目覚めない。これからも目覚めることはないだろう。




 ルノワは自分がとんでもないことをしたことに気づいた。人を殺してしまったと。






 ◆◆◆◆






 ルノワはそのまま慌てて家に帰った。公園での出来事をなにも伝えずに。聞かれたとしてもルノワは本当のことを言うつもりはなかった。




 だが、両親はルノワに何かを聞くことはなかった。ルノワは帰ってすぐに両親に謝り、そのまま上にある自分の部屋に向かった。




 その日のうちに、ルノワが行っていた公園で魔の被害に遭った女性が見つかった。女性は心を完全に食べられており、もう意識が回復することは無いという。ルノワはそんなことがあった間、ずっと自分の部屋の中で引きこもっていた。




 自分が魔になってしまったと自覚したからだ。魔の被害にあったという知らせを聞くまでは、信じていなかった。信じたくなかった。




 フードをとると現れる角と翼と尻尾を見るたびに、これが現実に起きたことだと思い知らされた。生えてきたものを実際に触ってみると触られた感覚があった。動かそうとするとしっかり動く。


 ルノワは再びフードを被り、布団の中に潜り込んだ。






 ◆◆◆◆






 魔は人の心を食べなければいけない。食べないと成長することも腹が満たされることもない。


 ルノワが人から魔に変化してから5年。ルノワは中学1年生になった。




 ー朝はものすごく憂鬱だ。太陽が登って明るくなるから。


 ルノワは、魔になった時から、日の光が苦手になっていた。元が人だからか日の光の下で過ごすことはできるができるだけあたっていたくはない。




 部屋を出る前に白いラインの入った黄色い上着を羽織り、フードを被る。




 下に降りるとテレビがついていて、魔についてのニュースがやっていた。魔の被害があった場所を伝え、夜になるべくで歩かないようにと注意をするものだ。


 ルノワが住んでいる地域にも連続で魔が現れ、すでに3人が被害に遭っているとニュースキャスターが言っていた。普通なら、へー気をつけないとなと思うだけだろう。だが、ルノワにとっては少し違う。




 あの日以来ルノワは人の心を食べていない。食べようとしていない。ルノワが空腹を凌ぐために食べていたのは、人だった頃の自分の心である。自分の心を食べることによって、人を食べないようにしていた。自分の心を食べ切った後、ルノワは夜に家から抜け出し、歩き回る魔の心を喰らっていた。


 だが、それにも限界があった。その結果が今日報道されていたニュースである。ニュースでやっていた連続で現れた魔。それは自分のことかもしれないとルノワは気づいた。だが、それだけだ。




 自分が意識していない時に人を食らったと知っても、ルノワはなにも感じなくなっていた。




「おなかすいたな…。」




 ルノワはテレビを消し、自分の腹を抑えながら学校に向かった。









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後書き

こんにちは。和音トワです。今、この作品の連載版を執筆していますが、少しだけ見て欲しかったので、短編として一話投稿しました。

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