episode29

 

今の自分になってから初めて彼女の願いを跳ね除けた。

長年の恋敵の話なんて聞きたくない。どんな悪口であっても、自分の好きな人が好きな男の話を聞いてやるほど親切ではない。

彼女の思い詰めた顔を見てもなお、その決心は揺らがなかった。

海デートの帰り道、長い沈黙の後彼女の背中を見送りながら咲矢は一人で呟いた。

「振られるかもなぁ」

 それでも構わない。今の状況自体奇跡みたいなものだし、本来の自分に戻ったら友達として関係を続けることすらできないだろう。

遠出をして体は疲れているはずなのに、誰もいない部屋に帰り、一人ベットに入ってもなかなか寝付けなかった。日付が変わるまで眠ることはできず、明日の予定もないし、諦めて映画でも見ようかと考えていると、そばに置いているスマホの画面が光り、急いで体を起こした。別れたいという連絡かもしれない。このまま寝てしまおうか。こんな時間の連絡なんて、朝返せば良いのではないか。咲矢は自暴自棄な考えになっている。振られると決まったわけではないが、彼女に拒絶されるのはもう嫌だった。残念なことに頭はずっと冴えていて、目も暗闇に慣れてきてしまった。電気をつけないままおいあがり、メッセージを確認する。

(蓮斗、今日の連絡忘れてるだろ)

 ふっと緊張の糸が解けた。今の咲矢をこう呼ぶ相手は一人しかいない。安心して笑みさえ浮かべながら急いで返信を打つ。

(もう昨日だけどなw友達と海に行ったよ)

 送ってすぐに既読がつく。

(細かいなw楽しかった?)

 楽しかったかという問いに少し口元が引き締まる。少し考えてから送信する。

(まあまあ。あと今日は追加なしだよ)

(了解、こっちも何もなし)

 喜んでいる犬のスタンプを送った。

(今日海に行った友達はいつもの子だよね)

(そうだよ)

(女友達とかいないから上手くやれるか心配だ)

 彩と付き合ったことは伝えていないため、彼の認識ではやけに一緒にいる女友達ということになっている。

(そんな、この前行きつけのカフェで女子高生たちと話し込んだって言ってたよな)

(一人は同い年だって言っただろ。それにそのカフェでしか会わないから大学の友達とは難易度が違うって)

 難易度とかいう問題じゃない。お互い迷惑をかけないように違う自分を演じているのに少し無神経だ。しかし、彼にも彼なりのストレスがあるのも分かる。それに咲矢も約束を破っているのだ。

 彩に振られそうだというショックからつい本当のことを言ってしまった。

(あのさ、例の女友達なんだけど、実は彼女なんだ)

(は?それはルール違反だろ。入れ替わってすぐに決めたよな)

 恋人は作らない、友達を増やしすぎない。二人で決めたルールだった。

(ごめん、咲矢。でももう別れそうなんだ)

(別れそう、じゃなくて元に戻る前に別れてくれ)

(そうだよな)

(もう寝るわ。おやすみ)

(ほんとごめん。おやすみ)

 スマホを置くとすぐに眠気がやってきて眠ってしまった。

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再会した初恋の彼は私を覚えていなかった 氷野(ひの) @___mk

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