episode28

六回目のデート

 夏のじりつく陽射しを受けながら、咲矢暑さとは別の理由で汗をかいていた。

 彼女の様子がおかしい。咲矢と彩はまめにメッセージをやりとりするほうではないが、送ったら返事は早いし、その日のうちには返す方なのだ。咲矢が3日まえ送ったメッセージには既読だけがついている。彩にしては珍しいことだと、深くは考えていなかったが、今日の様子を見て彩に何かあったように思う。大学は夏休暇に入り、毎日顔を合せはしなくなった日々で今日は久し振りのデートだった。夏らしい思い出が欲しくて電車で一時間、更にバスで二十分かけて海に来たのだ。その道中、彩はどこか上の空で窓の外ばかり見ていた。普段から通学の電車内ではスマホを見ずに過ごしているものの、今日空を見つめる視線の先には明らかに何かがあった。少し嬉しそうな様子はまるで、お気に入りの記憶を何度も何度も反芻しているようだった。

悩んでいるようでもないのなら別にいいかと、特に追求せずに隣に座っていた。そうしているうちにバスは目的地に着いた。砂を被ったアスファルトに降りたつと磯の香りが鼻をつく。

 彩は不意に咲矢の手を離し、白いサンダルを砂まみれにしながら海辺に駆け出した。

「冷たーい!咲矢もおいでよ!」

あ、帰ってきた。物理的な距離は離れても、彩の視線は今こちらに向いている。いつも彩だ。今日初めて彼女の瞳に自分が映ったことを確認して、咲矢も走り出す。

「うわ、」

 サンダルが濡れる前に、咲矢は水飛沫を浴びた。まともに顔に浴びてしまった咲矢を見て犯人は今日一の笑顔だった。あまりの可愛さに声が出なかった。

「ごめんね、海見てテンション上がりすぎた」

 何も言わない咲矢が怒っていると感じたのか、彩はさっきと変わり、しゅんとした様子で謝った。やっぱり可愛い。

「全然平気。すぐ乾くからっ」

「きゃあ」

 咲矢は手で掬った水を彩にかけた。一瞬怯んだ彩も負けじとやり返す。二人して子供のように大笑いしながらしばらくそうした後、やっと砂浜へ向かった。人の少ない日陰を選んで腰を下ろした。途中で手に入れたかき氷をザクザク混ぜる。彩はレモン、咲矢は抹茶味だ。

 彩は溶け始めたかき氷を執拗に混ぜている。その顔が、今日の行きのバスで見た時と同じだった。

「あのさ、」

「溶けちゃうよ」

 咲矢は次の言葉がよくないことを察して急いで言った。

「え?」

「かき氷、溶けちゃうよ」

「あぁ」

 話の腰を折られて彩は俯く。半分以上溶けたかき氷をまた混ぜ始めた。

「彩、ごめん」

 今のは俺が口を閉ざさせてしまった。しょうがない。悪い予感を確かに感じながらも咲矢は彩の言いたいことを聞こうと覚悟を決めた。もちろん咲矢も今日の彩の様子はずっと気にかかっていることなのだ。

「何かあった?」

 彩はやっと手を止めた。真横に結ばれた口は見た目よりずっと、滑らかに動いた。

「昔の友達、、知り合いと再会した」

「うん」

 なんだ、それだけか。別れたい、やっぱり友達でいて欲しいなんて言葉を予想していた咲矢は拍子抜けした。だから、彩が今、誰かをしっかりと見つめていることに気が付かなかった。

「ごめん。ちゃんと言う。好きだった人に会った」

 ああ、今の俺でもだめなのか。それまで気にならなかった蝉の声が急に五月蝿く思った。


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