episode27
三人だけの店内は文字通りアイスブレイクの場となった。蓮斗は隣町のサッカーが有名な大学に進学し、近くのアパートで一人暮らしをしているらしい。恋人がいるのかという菫の直球な質問にはいたことがないと、短く答えた。
「えー意外!こんなにかっこいいのに?」
わざとらしく驚く菫に彩も同意した。しかし、菫とは別の意味で驚いていた。
かつて蓮斗には彼女がいたのだ。それこそ、高校の時の彩のように付き合っては別れてという流れを繰り返していた。彩が驚いたのは蓮斗がこんなに淡々と嘘をつける人間ではなかったはずだからだ。蓮斗の表情を観察する彩の視線に気付いてか、まともに蓮斗と目があったが、彼は逃げるように目を逸らした。その動作は単に女の子と目が合ったのを避けた訳ではない、怯えがあった。
不信感を抱いたのも束の間、蓮斗はすぐに調子を取り戻して、結局声が掠れるまで話し込んだ。
「菫ちゃん、彩、ありがとう。今日は楽しかった」
「あの、そのことですけど、」
「菫ちゃん」
レジの前で言いかけた菫ににこっと笑いかける。菫は一度口を開いたが、彩の顔を見て、不承不承、という様子で黙った。
「お釣りです。また来てください。ブラックの君」
「恥ずかしいからそう呼ばないでよ」
眉を下げて困った様子の蓮斗がそう言った。この表情は彩が初めて見るものだった。我が子を嗜める親のような余裕に満ちた雰囲気はかつての蓮斗にはないものだった。
「じゃあね、蓮斗さん」
「またねー」
蓮斗は店を出て、道路沿いの出窓からもう一度手を振って帰って行った。菫と二人その姿を見送った後、片付けに取り掛かった。さりげなく菫と離れて作業を始めた甲斐なく、
二人きりの店内で、待ってましたとばかりに菫は彩に詰め寄る。
「彩さん、なんで嘘つくんですか。意味わかんないんですけど」
口調の割には菫の瞳には好奇心が燃えている。
「ごめんね、黙っててくれてありがとう。どうしても試してみたくて」
「試す?」
意味がわからない、と言う様子で菫は首を捻る。彩はテーブルを拭く手を止めずに告げた。
「彼ね、私の初恋の人なんだ」
「え、彩さん子供の頃好きな人とかいたんですね。」
「いたよー。彼のことは小学生の頃から長いこと片想いしてたんだけど、気持ちを伝えられないまま高校は離れちゃって」
「そんな人と再会して、運命じゃないですか!え、でもさっき」
最初ははしゃいでいた菫だったが、彩の言いたいことに気づいて、大きな瞳を瞬かせた。
「そう。最初から私に気づいてもなかったし、私が名乗った時も、話してても、彼、何にも反応しなかった。
「そんな、、」
「私のこと、覚えてなかったみたい。九年間同じクラスだったのにね」
「忘れてるはずない。今からでも遅くないですよ、次会った時に話しましょう」
「いいの、決めたんだ。これからは結城彩として蓮斗の友達になれたらなって思う。ただ、もう彼が私の名前を呼んでくれることがないと思うと、少し寂しい」
「彩さん、だめです」
彩は全部のテーブルを拭き切って顔を上げる。
「何にも出来なかったくせに、初恋引きづり続た報いだよ」
帰りの電車の中、咲矢から朝の返信が来ていた。
『バイトお疲れ、いい日だった?』
「いい日、ではなかったかもな」
無表情で画面を見つめながら独りごちた。
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