episode26
蓮斗の言葉について考えられる理由は三つ。一つ目は、中学生の頃の彩と今の彩では印象が変わりすぎて気付いていないこと。女の子がメイクで化けるとはよく言われている。実際、今日はいつもより華やかなメイクをしているが、最近ようやくメイクをするようになった彩は整形級、なんて言われるほどのテクニックは、持ち合わせていない。この説は薄い。
二つ目は人違いではないかという説だ。知らない街で道に迷ったような顔をして所在なさげな彼は、白土蓮斗によく似たこの辺りの大学生かもしれない。本人と中学生以来会っていないなら、彩の記憶も薄れるし、そもそも年月によって見た目も変わるだろう。しかし、この目の前の相手についてだけは間違えるわけがない。どう見ても蓮斗本人だった。
どちらでもないなら、考えたくなかった三つ目の理由になる。残念だが蓮斗の方はかつての同級生の彩を覚えていないのだろう。地元を離れた三年間で忘れられてしまう存在だったのだ。
「ごめんなさい、人違いでした」
営業スマイルを貼り付けて、出来るだけ明るく言ったが、自分と蓮斗との記憶の差に愕然とした思いで、悲しさすらも感じなかった。蓮斗はまだ心配そうな顔をしているが、思い違いだと彩が訂正すると、その表情に微かな安心の色が浮かんだ。ああ、彼にとって私は他人になってしまったんだ、いや、元より対して仲が良いわけでもなかった。再会しても失恋すらさせてくれない彼に、当時の何倍もの切なさが込み上げる。
「僕の方こそ、動揺してしまって。かっこ悪いですよね」
「そんな、困らせたのは私なんで」
結局、初めましての二人、という振り出しに戻って、謝り合戦になったところ、ちょうど裏から戻ってきた菫が声を上げた。
「あ、今日も来てくれたんですね。もしかして二人お知り合いですか?」
菫の声がやけにテンションが高いこと、菫が蓮斗の事を認知していること両方が気になった。
「いや、初対面ですよ」
答えたのは蓮斗だ。はっきりそう言われた瞬間、長年の恋心に諦めがついた。自分がかつて蓮斗が好きだったことはもちろん、同級生だったこともこの場では言わない。
「ねえ、もしかしてさ、」
また、先ほどの菫の言葉から、予想したことがある。
「ブラックの君って彼のこと?」
彩の質問に菫は「はい」こともなげに頷いた。一方、蓮斗は彩たちの会話に首を捻る。
「『ブラックの君』って?」
「あ、それは」
口ごもる菫に急いで助け舟を出す。
「気にしないでください。常連さんのハンドルネームみたいなものです」
二人の慌てる様子を見て、蓮斗の表情がふっと緩んだ。
「白土蓮斗です。これからはこっちで呼んでください」
「蓮斗さんですね。私、新山菫です」
この流れは良くない。名前なんて言ってしまったら先ほど急に声をかけた理由が分かってしまうのではないか。そう心配する気持ちは案外少なく、蓮斗がかつてのクラスメイトの名前を聞いて、彩に気付いてくれる期待の方が大きいことに自分でも分かっていた。なんだよ、久しぶりだな。普通の大学生みたいで気付かなかったよ。大好きだった笑顔でそう言ってくれるのではないか。期待と、どうしようもない不安が混ざり、彩は賭けに出た。
「
さあ、気付くか、気付かないか。菫が何か言いかけるのを目だけで制して、言い切った。蓮斗はちょうど一呼吸分彩を見つめた。
「彩さんか。ねえ、一個聞いてもいい?」
流石にまずいか、バレたかもと、手遅れながら蓮斗の視線から逃げるように目を瞑る。しかし、その心配は杞憂に終わった。
「大人っぽいけど、もしかして、同年代?」
名前を言っても気付かれなかったことに安堵するどころか、鼻の奥が熱くなった。下唇を噛んで、息を吐き出し慎重になんでもないような声を作る。
「同い年だよ。彩って呼んで」
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