episode24

 恋人同士といっても、二人の関係は大きく変わらなかった。一緒に登校して、キャンパス内でも二人で過ごす。彩の隣で歩いてくれるのも前と変わらない。唯一変わったところは彩が差し出した手を何も言わずに握ってくれるようになったことだ。

 大学の方では前期が終わろうとしていて、二人とも学期末のテストやレポートの提出に追わやる日々を過ごした。その間デートには行けなかったが、彩のバイトがない日は大学の図書館で閉館ギリギリまで一緒に勉強をした。

「じゃあいくよ。せーのっ」

 掛け声に合わせてマウスをクリックする。並んだパソコンの画面は、ファイルを読み込み中からすぐに送信済みに切り替わった。「やったやった」と、ゲームに勝った子供のようにパソコンの前でハイタッチをした。まとめるのに一週間かかったレポートのファイルを無事送信して、ここ数日の緊張感も幾分和らいだ。

「お疲れさま。後は明日のテストだけだ」

 小さく伸びをする咲矢の横顔がたまらなく愛おしく思えた。ずっと隣にいてほしい。この感情は咲矢と初めて会った時から同じ色をしていた。

「好きだよ」

 何か伝えたい。今思ってることを咲矢に知ってほしいと、思うと、自然と口にしていた。

 この気持ちは本物なのだろうか。彩の百パーセントの思いなのか。恋愛においてずっと自分に問いかけ続けてきた。相手と一緒にいる時も、一人で思い浮かべる時も、くすぐったいようなあたたかい気持ちに満たされながら、どこか俯瞰している自分がいた。

 西陽を背に振り返った咲矢の優しげな笑み。今ではもう見慣れたその表情は出会った時から変わっていない。咲矢はそっと彩の方に顔を寄せ、左手を寄せて耳打ちする。

「ありがと」

 空気を含んだ声が、くすぐったい。

「なんだこれ、照れるな」

 咲矢は左手で口を覆ってはにかんで言った。

 二人で帰り支度をし、空席の多い電車の座席に並んで座る。日が落ちて暗くなった車内で、いつのまにか瞼を閉じている咲矢の肩に、そっともたれかかり、手を繋いだ。起きたらどんな顔をするのか。きっと驚いて、少し照れて文句を言いながら、少し強く手を握ってくれるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る