episode22

 二人の近況報告がやっと終わりかけた頃、待ち合わせの駅に着いた。目印の銅像前に行くと、すでに咲矢が待っていて、今さら驚かないが、隣には清水君が居て二人仲良く話し込んでいた。清水君と咲矢が並んでいる様子は、なんとなく馴染んでいて、なんとなく不自然だ。

二人の肌の違いが大きいからだろうか。色白な咲矢と対照的に、清水君の肌はこんがりと焼けた小麦色だ。理由は清水君がずっと水泳部に入っているからだ。高校はプールがないのに、なぜか水泳部はあって、部員は放課後は隣町の屋外プールに毎日通っていた。今の大学にも屋内プールがないらしいと、詩音が言っていたのを思い出した。

 周りより一つ頭分抜け出ている二人を詩音と彩は遠くから並んで観察していた。

「もう仲良くなってるのー?」

 急に清水君に駆け寄る詩音の背中を彩は急いで追いかけた。

「ああ。なんだか初めて会った気がしないよ」

 こう答える清水君の隣で、咲矢は、片方の口角を少しだけ上げて笑っている。

「結城、久しぶりだね」

「久しぶり。いつも詩音がお世話になってます」

「いやいや、こちらこそです」

 詩音とは大学生になってから会っているが、清水君とは高校以来だ。元気溌剌だった高校生の頃より、少し落ち着いて大人びた雰囲気になっていた。ふざけて二人でぺこぺこお辞儀をして、茶番を演じていると詩音が割って入った。

「ちょっと、人前で恥ずかしいから。咲矢君もいるのに。ねー」

 困ったふりをしながら、油断なく咲矢に目を向けた。「次に彩に近づいて来た男はどんなやつだ?」と見定めようとしているのが丸わかりだ。

「詩音、」

今度は彩が二人の間に割って入ろうとした瞬間、それまで黙っていた咲矢が、吹き出した。

「ごめん、ちょっと思い出して」

怪訝な顔をした詩音に笑いかける。

「詩音さん、初めまして。結城から聞いてるし、ついさっき亮からも色々話してもらった。藤野咲矢です。どうぞお手柔らかに」

 人の警戒を解かせる咲矢の笑顔の威力は、詩音相手に四割減というところだ。まだ完全に警戒を解いていない詩音も一応、という態度で口を開いた。

「彩とは小学生の頃から親友なの。よろしくね」

「うん、改めてよろしく。下の名前って馴れ馴れしすぎかな、長内さんの方がいい?」

 咲矢はちらっと清水君の方を見て聞いた。

「詩音でいいよ」

「わかった。なら俺も咲矢でいいから」

「了解」

「じゃ、さっそく行こっか」

 微妙にひりついたやり取りの中、一人能天気な清水君の声を合図に四人はバスに乗り込んだ。座席に着くと、前に座る二人に聞こえないよう、咲矢に詩音の態度のことで謝った。

「ごめんね、男子には大体ああいう態度だから」

「大丈夫、分かってるよ」

 そう言われても、詩音の態度はやはり自分の信頼のなさからのせいなので、申し訳ない。

「心配症なだけだろ。良い友達じゃん」

 大人な態度の咲矢に何も言い返せない。

「そういえば、詩音の苗字よく知ってたね。言ったことあったっけ?」

 咲矢と話す時、詩音のことは、大体幼なじみや、親友の子と呼んでいたので、フルネームを知っているのが意外だった。

「んー、いつか言ってたよ」

 咲矢の視線は窓際に座る彩を越えて、外をにあった。どこかよそよそしげな咲矢にはっきりと不信感を抱き、もう少し質問しようとした時、前の席の詩音が座席の隙間から声をかけて来た。

「ねえ、トランプしよー」

「お、いいね。修学旅行みたい」

 どうも今日はタイミングが掴めない。後で聞けばいいか、と持ち越した質問はそのまま忘れてしまった。

 テーマパークについてからは、ますます咲矢と二人で話すチャンスがなかった。バスを降りる時、お弁当の荷物を持つと言った咲矢と断る彩の応酬があったきりだ。結局半ば強引に咲矢が持っていった。一応四人で歩いてはいるものの、彩と詩音、咲矢と清水君でくっついているからだ。それぞれ二人だけでも盛り上がってしまう。途中、女子トイレの中で詩音も「ダブルデートって仲良すぎる子と行くべきじゃないね」と、こぼしていた。

「まあ、詩音たちは付き合いたてとかじゃないし、私と咲矢も友達として仲良しだから、意識してっていうのは難しいよ」

 それに、清水君と楽しそうに話す咲矢の様子は、彩にとってすごく新鮮なものだ。

 誰とでも仲良くできるのに、大学では彩以外とは滅多に話さない。出会ってばかりの頃は気付かなかったが、その加減が少し異常なのだ。意識して接点を持たないようにしている気もする。どうしてなのか気にはなっているが、ここは彩が口を出すことではない。だからこそ、咲矢の何かから解き放たれたような今日の表情は生き生きして見えた。彩の前では見せない顔だ。

「楽しそう、、」 

 前を歩く咲矢の横顔を見て、ぽろっと口に出してしまった言葉を詩音は別の意味で受け取った。

「ほんとね、あんな仲良くされて置いてけぼりだよ」

 彩の大作のお弁当は、みんなから大好評だった。特に紅茶は三人から絶賛の嵐だ。あっという間に無くなり、軽くなったカバンは相変わらず咲矢が持ってくれた。いくつかアトラクションにみんなで乗り、少し陽が落ちてきた頃、詩音の提案で、別々に分かれて行動することになった。

「今日はありがとね」

 さっそく清水君を引っ張ってどこかに向かう詩音に言った。詩音はひらひら手を振ってにやっと笑う。

「彩、楽しんで」

「うん」

 会話を終えると詩音はすごいスピードで次のアトラクションへ向かった。

 二人になると、咲矢は少し疲れた顔をして、でも少し落ち着いた様子だ。初対面の二人と一日一緒に行動するのはなかなかに疲れるだろう。彩は絶対にできない。

「お疲れ様。ちょっと疲れたよね。来てくれてありがとう」

「全然。結城の友達に変に思われたくないから」

 そう言って笑って見せた咲矢に、少しだけ申し訳なく思った。

「そろそろ帰る?」

「帰ってもいいけど、結城が良ければちょっとだけでも二人で過ごしたい」

 まっすぐな言い方が咲矢らしいと思った。

「もちろん。次どこ行きたい?」

「結城の行きたい場所」

「せっかく来たのにそれでいいの?」

「それがいいんだよ」

「じゃあ、、あそこ!」

 彩は勢いよく咲矢の後ろの空を指さした。

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