episode20
「彩さん、会えました?って誰ですか!後ろのイケメン」
「菫ちゃん、ちゃんと説明するから。ちょっと声量さげよっか」
咲矢連れて店に入った途端、菫の質問が飛んできた。周りのお客さんがちらちらこちらを振り返る。焦る彩とは反対に、咲矢は落ち着いていて、何も言わずに、すみれに軽く会釈した。視線が集まって恥ずかしいので、彩は、ブラックの君が座る、菫から一番遠いテーブル席に咲矢を座らせ、カウンターに戻った。いつのまにか定位置に座っていたゆり子さんにも一連の流れが聞こえていただろうに、本人はいつもと変わらず、温かい笑みを湛えて彩たちの様子を見守っている。
「彩さん、確かに男前だけど、あの人じゃないですよ」
「分かってるよ。たまたま会ったから連れて来たんだ」
「知り合いにここは教えないって言ってたのに、、まさか、彼氏さんとか?」
「違うよ。大学の同級生」
こう言ってもなおも疑いの目を向けてくる菫に、これは長くなるなと、観念した彩だったが、ゆり子さんの一言が滑り込んできた。
「お二人さん、お客様はそろそろご注文きまったんじゃないかしら」
ありがとうございます、彩は心の中で感謝を述べ、背中に菫の視線を感じながら咲矢の待つテーブルへ向かった。
「注文決まった?」
咲矢は眺めていたメニュー表を置いて彩を見上げて笑った。
「店員さんのおすすめで」
「えー、何それ」
首を捻る彩に咲矢は一言だけ告げる。
「お願いします」
渋々承知した。
「はい、お待ちください」
さて、どうしようか。今までの様子を見るに、きっと咲矢は紅茶派。紅茶派は彩の十八番でもある。なら、お花見の時に飲んでもらったピーチティーにしようか。だが、同じものだと芸がない。あれだと安全をとりに行き過ぎている。
ちらっと咲矢の方に視線をやると、ワクワクした様子でこちらを見ている。目が合うと、軽く手を振ってきた。本でも読んでて、とジェスチャーして、手元に視線を戻す。
「なんですかーいちゃいちゃしちゃってー」
相変わらず咲矢に興味津々な菫が隣でコーヒーを淹れながら囁いて来た。
「やめてよ」
「だって二人、すっごくお似合いですよ。まるで熟年カップル」
菫はすっごく、のところを強調して言った。彩はため息をつきかけ、ふと思いついた。そうだ、あれをやってみようか。
「そりゃあ、私たち、カップルなんて軽い関係じゃないからね」
「え、家族みたいなものってことですか?」
さらに興味を示す菫を放置して、コーヒー豆をとりに行く。咲矢に出すのは練習中のラテアート。人に出すのは初めてだ。まだハートしかできないが、やってみよう。
ミルクフォームを段々に描き、最後に真ん中を切るように一本入れる。相変わらず不恰好ではあるが、今までで一番真剣に作った。師匠のゆり子さんに確認してもらう。
「上手になって来たわね。おっけーよ」
見事初のゴーサインを獲得した。何事かと菫も覗いてくる。
「彩さん、いつの間にできるようになったんですか」
二人に褒められ舞い上がりそうな気持ちで、咲矢の机まで持っていく。
「お待たせいたしました」
ハートの重なるカップを見てどう思うか。
「わあ、これ結城がやったの?おれラテアートなんて初めて。飲むの勿体無いよ」
携帯を構えて「すごいすごい」としきりに呟く。
「結城、昔から手先器用だったもんな」
その昔とはここ一ヶ月のことだが、初の成功に浮かれてる彩にはどうでも良いことだった。
「私の新技。咲矢が第一号だよ」
「ほんとに?最初に見せてくれてありがとう」
「いいえ。全然足りないけど、いつものお礼の気持ち。ゆっくりしていってね」
こう言って彩は席を後にした。お客様の少なくなって来た店内でカウンターに戻ると、菫とゆり子さんが仲良く話し込んでいる。
「ね?おばあちゃんもそう思うでしょ」
「ええ。でもこう言うことはあんまり他が言うことじゃないからね」
「それは分かってるけどさ。あ、彩さん」
彩が戻ると菫は口を閉じ、ゆり子さんもにこにこして、何も言わなかった。どうやら何か噂してたなと、思いつつも、彩は特に気にすることなく、持ち場についた。その後、30分くらいして、咲矢は帰って行った。終わるまで待つと言っていたが、流石に長くなるので断った。
「今日は来てくれてありがとう。また来てね。でもあんまり頻繁には来ないで欲しいかな」
どっちつかずに可愛げのない態度をとってしまう彩を前に、咲矢は突っ込むことなく、素直に頷いた。
「りょうかい」
その顔を見て、少し後悔した。
「毎日来てって言ってもいいのに」
いつの間にか隣に立っていた菫に本心を言い当てられ、驚いていると、彼女はさらに言葉を続けた。
「あくまで今日見ただけですけど、咲矢さんって彩さんのこと好きですよね。もう、態度が全然違う」
「そう、かなぁ」
何故か今までのことを話そうとは思わなかった。
「告白されたら教えてくださいね」
「わかった」
少し見た菫だってこうなのだ。咲矢を待たせるにも限界かもしれない。相変わらずどっちつかずな態度をそろそろ改めなければと思い直した。
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