episode19


 朝起きてスマホを見る。カレンダーを見る。ちょこちょこ書き込みがあるカレンダーの、真っ白な五月一五日を見つめながら体を起こした。あれ、今日なんの日だっけ。何か思い入れのある日だった気がするのに、寝起きでぼんやりとした頭では思い出せなかった。

 その事を思い出したのは、講義が終わって、Lillyへ向かう商店街を歩いている時だった。

「あ、そうだそうだ」

 今日は、蓮斗の誕生日だ。無論、祝うこともできないし、今までそうしたこともない。ただ、当たり前に彼に関する情報として彩が覚えていただけのことだ。だが、ずっと同じ教室で過ごしていた頃よりも、離れてからの方が、この日を意識する様になっている。

 元彼の誕生日も、付き合った日もすぐに忘れてしまうのに、この日は覚えていた自分に、執念深さを感じる。


「お疲れ様ですー」

Lillyのエプロンに着替えてカウンターに入ると、先に出ていた菫が、子犬の様に彩の元へ擦り寄って来た。

「彩さん!惜しい!ちょうど入れ違いですよー」

「へ?」

 菫の勢いに圧倒され後退りしながら、どうやら例の彼について言っているのだと見当をつけた。

「今日、来てたの?平日なのに?」

 ゆり子さんの恩人、通称『ブラックの君』は、ここの常連客になりつつあり、追っかけをしている菫は、休日の午前に来ることを割り出していた。だから、基本平日にシフトが入っている彩が鉢合わせることはなさそうだと、菫は残念そうに教えてくれた。

「珍しく彩さんが入る日に来てたので、今日こそイケメン拝んで貰おうと思ってたんですけど、、ほんとついさっき出ていっちゃったんです」

 ここまで言われると、最初は興味のなかった彩も、一目見たくなっている。

「ねえ、さっきってどのくらい前なの」

「ほんとにタッチの差で出て行きました」

「へえ」

 きっと彩の目には好奇心が浮かんでいたんだろう。

「まさか、彩さん、、」

「五分だけ。ちょっとお願い」

 手を合わせて頼むと、「しょうがないですね」と、菫は腰に手を当てて言った。しかし、目は笑っている。

「あ、レシート渡すのわすれちゃったぁ。彩さん、さっきのお客様に届けてくれません?」

 菫は芝居掛かった声で言うと、「駅方面ですよ」と、指を指して教えてくれた。

 店を出てすぐ横を数十メートルほど走っても、幼稚園帰りの親子が一組いただけで、それらしき人は見当たらない。もう行ってしまったかと諦めつつ、一応商店街の通りに出て、駅側を確認すると、いた。一人歩く大学生くらいの男の後ろ姿が。しかもそれは、

「咲矢!」

 驚きつつ、呼びかけた。きょろきょろと辺りを見回す咲矢に走って追いつき、肩を叩く。

「うわ、結城?なんでこんなとこに?」

「咲矢こそ、私のバイト先来てたなんて」

 咲矢は驚いた表情で言った。

「え、結城本屋でバイトしてたの?」

 どうも話が噛み合わない。なぜ本屋になるのだ?

「違うよ。この近くのカフェ。え?来てたのって咲矢じゃないの?」

「この辺にカフェがあるなんて知らないよ。行ったこともない」

 どうやら例のブラックの君は、昨夜ではなかった様だ。肩を落とす彩に咲矢は言った。

「俺この後暇でさ、結城のバイト先行ってみたいんだけど。いい?」

 ここまで大騒ぎして駄目とは言えない。彩から招待するつもりだったのに。

「うん。いいよ」

「やった、流石に今日はついてるな」

 咲矢が楽しそうなので良しとしよう。

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