episode18

 水面をくるくる回り続けるラッコ、迫力満点のジンベエザメ、色とりどりのライトに照らされたクラゲ、独特の臭いを放つオオサンショウウオ、あいにくの雨でペンギンのお散歩は見る事ができなかった。様々な生物を見て、一周まわった後、お互い気に入った水槽をもう一度見に行こうと決め、先行の彩が選んだのはナマコの水槽だった。

「ねえ、全然動かないやつに行くのなんで」

「今日見た中で一番可愛いからだよ」

 迷わず端っこのブースへ直進した彩にしきりに首を捻る。ぽよぽよして何を考えてるのかわからないところが無性に愛らしく感じた。ただ、あまり動かないのでずっとみているものではない。写真を撮って満足し、次は後攻、咲矢の番だ。

「え、こっち?」

てっきりタツノオトシゴのいるブースに進むと思っていたが、昨夜が向かったのは川の魚たちのブースだった。

待ち受けているのはオオサンショウウオだ。

「昔から水族館の中で一番好きなんだ」

そう言って、水槽の前からなかなか離れない。子供の様に目を輝かせ、食い入る様に見つめている。そのうち話しかけ始めるんじゃないかというほどの陶酔ぶりだ。二人は横に並んでいたが、彩は途中から近くのベンチに座って、咲矢の観察に目的を変更した。

「咲矢ー」

呼びかけても、全く気づかない。二人の距離は2メートルも離れていないのに、別世界に行ってしまった様だ。面白くなって来て、その様子をこっそり動画に収めた。いつ振り向くんだろう、もう少しこのままで続けばいいな。今何を考えてるのかな。待てば待つほどわくわくが胸の中で膨らんでいく。動画が5分を超え、停止ボタンをタップした。『ピコン』という録画音に気づいた咲矢は、やっと振り返る。

「お待たせ。そろそろ行こっか」

「その言葉ずっと待ってたよ。」

 彩は軽く体を伸ばし、リベンジを込めて右手を咲矢の方に差し出した。今なら受け入れてくれる様な気がした。

「ごめん。飽きちゃってたか」

 咲矢は謝りながら、平然と彩の手を取り自分の方へ引き上げる。あまりにも当然の様な顔をしているので少し悔しくなった。

「違うよ。そういう意味じゃない」

 お待たせって言われたのはじめてだからさ、咲矢がこむちに向くまで待ってた時間、結構楽しかったんだ。なんて、教えてやらない。その代わり咲矢の手を一度ぎゅっと握った。咲矢はさりげなく手を離し、ジト目で彩のスマホを睨め付ける。

「てゆうか、さっき動画撮ってただろ。誰にも見せるなよ。恥ずかしがるから」

 恥ずかしがるって君じゃないの?心の中で突っ込みを入れる。まさかオオサンショウウオのこと言ってるのだろうか。

「この動画は私専用のフォルダに入れといたから。可愛くて勿体無いけど、他の人には見せないよ」

「うん、そうして。じゃあ、見られても大丈夫な写真撮ろ」

 言うなり、ちょうど水槽の前に来ている夫婦に「やっぱ可愛いですよね」なんて言って話しかける。おしゃれな雰囲気のある40代くらいの二人と、流石の早技で打ち解け、奥さんの方に携帯を渡し、あやを手招きした。

「いくわよー、さん、にー、いち」

 ちゃっかりオオサンショウウオの水槽の前で撮ってもらった。「ありがとうございます」と、二人でぺこぺこしながら、水族館を後にした。

「今、結城のメッセージに送っといたから」

「ありがとう。やっぱりすごいね。カメラ構えてる後ろの旦那さんもにこにこだったよ。ほんと咲矢って人たらし」

「よく言われる」

 得意満面の笑みだ。咲矢は、好かれようと思えば誰とでも打ち解けることができるのに、大学では相変わらず彩と一緒にいるか、そうでなければ一人でいるのが不思議だった。

「それより、さっきの動画、恥ずかしがるって咲矢言ってたけど、どう言う意味?ちょっと気になって」

 彩の問いに、焦った様子の咲矢の耳が赤くなる。

「あ、あれは動揺したんだよ。結城、当たり前みたいな顔して手握って来たから」

「そんな、私が手出したら普通に立たせてくれたから、ちょっと悔しかったのに」

「好きな子目の前にして見栄くらい張らせてよ。俺こそ悔しかったよ」

 拗ねた様子の咲矢に「なんで?」とさらに問いかける。

「結城こそ、男慣れしてる仕草多いから。花見の時から分かってたけど、」

 分かってたけど、の続きは彩が引き継いだ。

「まあ、今まで何人か付き合って来たから長く続いたことないけど」

「今もずっと好きだって言ってた男は、そのうちの一人?」

「ううん、違うよ。その人のことが忘れられないくせに、何人も他の人と付き合って来たの。その時は一人一人ちゃんと好きだったけど、今思えば、忘れようって必死だっただけ。そりゃあ、続くわけないよね。思いが通じなくてもいい。ただあと一回だけ会いたい。会って今までの気持ちを伝えたい。」

 咲矢は何も言わずにじっと彩の言葉を受け止めている。

「だからこのデートの約束も、断った方がいいって分かってたんだけど。不義理な事してごめん。咲矢の優しさに甘えてる」

 彩はずっと自分で考えていたことを咲矢の足元を見つめて話した。

「ありがとう」

「え?」

 予想外の言葉に混乱する。

「ありがとう、俺に話してくれて。俺と過ごしてくれて。今この気持ちがすごく強くなったよ」

 その言葉の力強さが、彩の胸をいっぱいにした。

「俺はまだ結城を諦めないし、結城も諦めないで。知ってる?奇跡って起きるんだ」

「奇跡か、、」

「いつか俺が証明するよ」

 その証明とは、彩が咲矢のことを好きになることだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る