episode17

三回目のデート


 大学の講義と課題の多さ、さらに彩はバイトに忙殺され、咲矢対する微かな取っ掛かりは、もう忘れていた。咲矢がデートを指定したのは水族館だ。今のところ、咲矢、彩、咲矢の順番でデートプランを提案し合っている。

 梅雨の時期でここのところ曇りがちだった空は、今日も頑なに晴れなかった。きっと咲矢は、空の様子も踏まえて、室内で楽しめる場所を選んだのだろう。

「お待たせー」

 やはり先に来ている咲矢にこのセリフを言うのは学校も含めて何度目か。

「おはよう」

 いつも待たされているはずの当人はなぜかいつもすこぶる機嫌が良い。この状況に慣れて来たのは果たして人間として良いのか心配になってくる。彩の葛藤もつゆ知らず、前を歩く昨夜の足取りは軽い。


「水族館なんて久しぶりだ。幼稚園以来かも」

 入場ゲートを通って最初にある大水槽の前で彩はしみじみ呟いた。サメやエイなどの大きな魚からクマノミなどの小さな魚まで、この中だけでの生態系を不思議な気持ちで見つめた。

「ま、水族館なんて家族連れかカップルしか来ないよな」

「それか魚オタクね」

 会話を交える二人の手首にはピンクのテープが付いている。

咲矢が売り場で「大人2枚お願いします」と確かに言い、「承知しました!」と言う元気の良すぎる返事もきいたはずだが、『テツタ』と名札をつけた高校生くらいの売り子の男の子が準備したのはカップルチケットだった。大人のチケットは青色だ。子供は水色。ビビッドすぎるピンクのテープは男女できたペア専用だった。彩が迷わず手首を差し出したのを見て、咲矢も何も言わず右手を出した。テツタがつけたテープは水族館にしてはやっぱりけばけばしい様に思った。


「タツノオトシゴってめっちゃ猫背。首痛そー」

 心配そうな目で咲矢はゆらゆら浮かぶ龍の子供たちを見つめている。

「この子たち魚には珍しく一夫一妻なんだって。つがいと出会えなかったら一人で生きていくのかな」

 彩は表示の小さな文字を読んで、見た目といい、習性といい、名前に似合わずなんて不憫なんだろうと、どうでもいい心配をして水槽を見つめる。視線の先の一匹が少し大きめなもう一匹を追いかけ始めた。彩の言葉を聞いた咲矢は、なぜか先ほどまでの心配そうな顔から一転、晴れやかな顔になった。

「きっとこいつら、たった一匹をずっと待って過ごすんだな」

「そうかな?」

 二匹のタツノオトシゴ水槽の上方で追いかけっこを続けている。彩は目だけ上に向けて見続けている。

「相手をずっとずっと待って首をながーくしてるうちに、こんな形になったんじゃない」

「はぁ?まさかのオチがダジャレなの真面目に聞いて損したんだけど」

 呆れる彩に咲矢は反論した。

「いや、これ結構いい話のつもりなんだけど。俺と一緒で待つのが好きな奴らなんじゃないかな」

 共通点を見つけて、愛着が湧いているらしい。例の二匹は咲矢の目の前で横並びになり、並行して彩の方向に泳ぎ出した。一緒に泳ぐ姿は寄り添っている様に見える。

「待つだけじゃだめだよ」

 彩の目は正面の二匹を追い続ける。この二匹は一生懸命に追いかけ合って繋がったのだ。

「欲しいなら追わないと。待ってられないよ。追われる側なんてつまんないよね」

 咲矢は少し間を置いて水槽を見つめたまま口を開く。

「恥ずかしい話だけど、追う資格ないと思ってる頃あったよ。待っていても来ないのがわかってたし、待つことさえしてなかった。だから、待つ方も待つ権利っていうか、資格がいると思うんだ」

 過去の恋愛の話だろう。咲矢は大学までのことを恋愛に限らずあまり話したがらない。また、彩が聞いてもなんとなくはぐらかされる事が多かった。そんな咲矢が自分から話し出すのはほとんど初めてだ。

「今、待つのが好きなのはその権利を勝ち取ってると思うから。すっごい幸運と自分の意思で」

 最初の告白といい、十回のデートの約束、そして『振り向かせてみせる』という宣言。咲矢の今までの行動にはこんな考えがあったのか。

「私に対して、権利とか、、そんな事考えてたの?」

 恥ずかしさを超えて尊敬の念すら感じながら、咲矢を見上げる。

「まあね。って、ちょっと重いか」

 咲矢はなんでもない事の様に言う咲

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