episode16
連休明けの登校日、いつもの様にイヤフォンをつけ、電車に乗り外を眺めていると、窓の反射越しに咲矢がこちらに手を振っているのが目に入った。
「久しぶり」
数日ぶりに顔を見ると、少し驚いた。咲矢の白い肌は、日に焼けた様な赤みを帯びていた。
「顔に何かついてる?」
あっけに取られる彩を面白がっている様だ。何事もないように聞いてくる。
「ついてはないけどさ、沖縄の海でバカンスでもしてた?」
「当たらずとも遠からず。正解は家族旅行でハワイ。俺はほとんどビーチで過ごしたけど、こんなに赤くなるなんて思わなかったよ。まだ痛いや肌質の違いかな」
咲矢は「これ治るのかな」と窓ガラスに自分を映し、手をほおに当てる。
「一旦赤くなってその後白く戻るよ。それにしても、いいなー海外旅行なんて。優雅だね」
「大変だったよ。家族には色々聞かれるから、ミスらないようにって緊張しちゃって」
この回答は不自然に感じたが、黙っていた。咲矢は家が近いにも関わらず一人暮らしだと以前言っていたので、家族仲が良くないとかならば、あまり突っ込んで聞くべきではないと思ったからだ。
「これ、お土産」
「うわ、ハワイっぽい」
渡されたのは、レイの花飾りだった。造花とは思えないほど色使いがリアルだ。ピン留めの作りだったので、その場で右側の髪に刺した。
「ありがとう。お花大好き」
咲矢は、日焼けした赤い顔でくしゃっと笑った。
「やっぱり似合う。渡しといてだけど、それ日本だと目立っちゃうね」
「そうだとしても、今日一日はつけとく。気に入った」
窓ガラスに反射した自分の表情はなんだか浮かれていた。
話しているうちに大学前の駅に着いた。ドアが開き、咲矢は絶対に先に電車を降りる。
「結城は連休何してたの」
キャンパスまで歩く間も会話が途切れることはない。
「聞いてもつまんないけど、どこにも行かず、本ばっかり読んでた。幼なじみと会ったのが、唯一の外出かな」
「へえ、どんな子なの」
「小学生からずっと一緒に過ごした友達。何でも話せる親友だよ。私と違って友達が多くて、本当にいい子」
「結城と仲良いなら、気が強いんじゃない」
咲矢は軽く頭を傾け、思案顔でいった。
「そう、よく分かったね。男子と喧嘩することなんてしょっちゅうだったよ」
「そういえばね、毎年同じクラスになる男の子がいて、仲良かったんだけど、その子には本当によく突っかかってたな。先生にしょっちゅう怒られてたよ」
この男の子は、蓮斗のことだ。当時は詩音の次に話しやすい相手だった。だから、2人には仲良くなって欲しかったのだが、どうにもうまくいかなかった。
「きっと友達は、その男の子が彩にちょっかいかけるのが心配だったんじゃないかな」
「どうだろ。たまに揶揄われたりはしたけど、すごく嫌な思いしたことはなかった」
「わかんないよ。ガキの頃なんて、好きな子にかまってもらうためには何でもするから」
「咲矢にもそんな時期あったの?」
「まあね」
小学生の咲矢が気になる子に一生懸命話しかける姿を想像し、微笑ましくなった。
「きっと咲矢もちょっかいかけるの下手だろうなー」
「俺“も”ってどういうことだよ」
「子供の頃揶揄ってきた子はね、優しすぎて、むしろ私がかまってもらってる方だと思ってたから。ほら、今の私たちみたいな関係だったよ」
咲矢は腑に落ちない顔のままだ。
「まあ、その子のこと傷つけてなかったなら、ちょっと安心した」
懐かしむ様な目を見て、少しいじわるしたくなった。
「子供の頃好きだった子の事どのくらい覚えてる?」
「え?」
「今言ったじゃん。『好きな子に構ってもらうために』って。子供の頃好きだった子でしょ。どんな子だったの?」
あぁと、何かに納得した様な様子で頷く。
「ちゃんと覚えてる。素直で優しいところが好きだ」
咲矢は、今まで何度も見てきた春の日差しの様な暖かく、切ない顔をしている。その顔を見てなぜかつい、口に出してしまった。
「現在系なんだね」
この言葉に、咲矢は露骨にしまった、と言う表情になる。彩は意外に思う反面、何かが自分の中で急速に冷めていくのを感じた。
「結城、信じてほしい。俺、、」
後に続く言葉を聞きたくない。このまま逃げ出せたらどんなに良いか。しかし、足は一歩も動かない。
「俺、実は、、」
その時、聞き慣れないスマホの着信音が鳴った。咲矢のスマホだ。
「でなよ」
反射的に言っていた。嫌に大きな音でメロディーが流れ続ける。
「でも、、」
「いいから」
ごめん、と咲矢は彩に背を向けた。電話相手は友達だろうか、何やら揉めている。その隙に、彩は髪飾り外し、そっとリュックの中にしまった。
電話を終えこちらに向き直った咲矢は、何か言いかけたが、彩が先制した。
「咲矢」
少し身構えた咲矢に、彩はあえて笑顔で切り出した。怒ってる時ほどおおらかなふりをするのは、彩の癖だ。
「電話長いよー、急ご。早く行かないと遅刻しちゃう」
「あぁ、、」
その日一日何事もない様な顔をして過ごした。咲矢は何か言いたげだったが、彩は気付かないふりをした。
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