episode15

 新生活に慣れ、同時に少し疲れが溜まってきた頃、やってくるゴールデンウィークの好感度はヒーローさながらだ。両親は二人で旅行に行ったので、彩と妹で留守番だった。と言っても、妹は高校の部活が忙しく、連休中はほとんど家にいない。彩は初日に、本屋に行き、大量の本を買い込みバイトのない日は、ひたすら本の山を消化して過ごした。

「ふうっ」

 ちょうど長編ミステリーを読み終わったタイミングで、いったん休憩を挟む。どんなジャンルでも読むが、エッセイ、恋愛、感動もの、ミステリーの順で読むのにカロリーがいる。だから彩は、勉強の隙間時間にミステリーを読む様なことは絶対にしない。面白そうな本を見つけると、どこか時間を取って一気に読むのがマイルールだ。大学一年のゴールデンウィークが、どうやら家で一人の時間が長そうだと知ってすぐ、目をつけていた本をリストアップした。去年の受験期は本を我慢していたので、リストはいつもの三倍の量になってしまった。二冊目に入る前に、いったん散歩にでも行こうと着替え始めた時、スマホに着信が入った。旅先の母親か妹からの連絡かと思ってスマホを見ると、cafe Lillyと表示されていた。

「もしもし」

「あ、彩さん、私です」

 てっきり退院してついに昨日復帰を果たしたゆり子さんが出るものと思っていたが、電話口の相手は何やら興奮した様子の菫だった。

「どうしたの?仕事中?」

「来ました、『ブラックの君』!今、ちょうど注文されたところです」

 少し年上のイケメンの再訪に、いてもたってもいられず、彩に興奮を共有したかったのだろう。彩としては、一度も見たことのない相手なので、あまり興味を惹かれないのだが、興奮した菫の様子は、生で見たかった。きっと大きな目はいつも以上に多くの光を取り込んで水晶の様になっているのだろう。

「すみません、急に電話しちゃって。おばあちゃんに見つかる前に切りますね」

「いつでもかけて来て。続きはまた今度聞かせて。頑張ってねー」

「はい!」

 電話をきり、ゆり子さんに渡す退院祝いを準備する為に家を出た。


「あらあら、お花なんて何年ぶりかしら」

 次の日の出勤日、退院祝いに彩が持って行った花束を見て、ゆり子さんは顔を綻ばせた。

「お菓子とか、雑貨とか色々迷ったんですけど、、」

 花束なんて少し仰々し過ぎたかもしれない、と彩はもごもごと呟いた。

「すごく可愛い!彩さん、センスあるよ!」

 そう言いながら菫は、どこから持って来たのか、重そうなガラス細工の花瓶を、カウンターの上に乗せた。窓から差し込む朝日に反射し、キラキラ輝いている。白い花で統一した花束によく合いそうな花瓶だ。

「おばあちゃん、ここに飾ろうよ」

「そうね。せっかくだからそうしましょう」

 ゆり子さんは四人がけのテーブルで茎の始末を始めた。

  彩と菫はいそいそと開店準備をする。菫は茶葉の在庫確認、彩は休日限定のモーニングプレートの仕込みをそれぞれ担当した。店内にはパンの焼ける匂いと、ほのかに花の甘い香りが漂う。

「彩さん、ありがとうね」

 花瓶に花を移し終えたゆり子さんの、温かい笑顔が、Lillyに帰って来た。

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