episode14


 ドリンクの受け取り待ちをしているとき、詩音が、急に声を潜めて耳打ちしてきた。

「あそこに並んでるの、綾の前の前の彼氏じゃない?」

「あーそうかも」

 答えながら、前の前の、さらにもう1人前だなと思ったが、わざわざ口に出さなかった。前の前の彼は一週間ほどで別れてしまったため、詩音の耳には入らなかったのだ。なんて名前だっけ、と、首を傾げている。

「深山奏馬だ、こんなとこで会うなんて」

「まあ、同じ学校だし」

 飄々と答える彩に、そうだったの?と、詩音は驚きの声をあげた。

"会わない?"

お花見からちょうど一週間、詩音からメッセージが届き、その日のうちに会うことになった。場所は彩の大学の最寄駅近くのカフェ。Lillyとは正反対に人通りの多い場所にある流行りのカフェで、同じ大学の学生も多く来る。

「でもあんまり関わりないよ学部違うから」

実際、ほとんど咲矢と過ごしてるため、どこかで顔を合わせてるかもしれないが、気づかないのだ。大学の空き教室で1人で自習中、向こうから話しかけられてやっと気づいた。よろしく、なんて言われたが何をよろしくするのか。関わってくるな、と念押しした。

「相変わらずだね」

そのことを話すと、詩音はおかしくてたまらない、と言う様に笑った。

どう受け取っていいのかわからないリアクションに、詩音はいい意味でだよと、言った。

ドリンクを受け取り、席を探す。幸い、奏馬が視界に入らない奥の窓際の席が空いていた。改めて見ると、目の前に座る詩音は、スカイブルーのニットに白のパンツを合わせ、ほんのりピンクに仕上げた化粧はすっかり大学生の出立だった。垢抜けたね、と素直な感想を述べると、そっちこそ、と返答もそこそこに、やはり、こちらが気になっているようだ。

「それで?次の彼氏候補はどんなやつなの?」

 詩音は前のめりに野次馬根性を隠そうともせず、本題に入った。

「だから大学で連むようになった友達だって」

「何回かデートしてるのに?まだ付き合わないの?」

「まだとか、そんな関係ではないよ。私にずっと好きな人がいるって相手も知ってるし」

「何それ、気になるんだけど」

彩は弁明するように咲夜との出会いからお花見で取り乱して困らせてしまったことまで一気に話した。

「告白された?10回デート?なにそれ付き合っちゃいなよ」

 いやいや、と本気で否定すると、詩音は不服そうな顔だ。

「そんなかっこいいこと言ってくれる男子そうそういないよ。それに向こうは彩のこと好きなんでしょ。よくデートの誘い受けたね」

そうだね、と自分の中でよく整理しながら頷いた。

「好意が重くないんだ。今まで好きって言われたら返さないとって焦って付き合うことが多かったけど、彼は見返り求めず一緒にいてくれてる気がして、一緒にいて楽しいって思えるの」

詩音はアイスコーヒーにミルクを入れ、かき混ぜながら首を傾げる。

「それこそ理想的な彼氏って気もするけど」

グラスの中のコーヒーはするする色が変わっていく。その様子が自分の心のように思った。

「だからこそ、私じゃもったいないよ。詩音もご存知の通り、あんまりいい恋愛できないし」

彩の言葉に詩音はへえ、と片方の眉をかすかに上げた。

「それにしても、男に関しては百戦錬磨の彩を動揺させるなんて、その男なかなかやるね」

「人聞き悪いなー」

「一応聞くけど、白土蓮斗はまだ忘れられないのね」

「そうだね。執念深くも」

 恥ずかしさから冗談混じりの言い回しに、狙い通り詩音は笑ってくれた。

「なんにせよ、彩が仲良くできる友達がいて安心したよ」

「え?あ、そうだね。ありがと」

 “友達”と言う響きが不似合いなものになってきていることに彩はまだ気付いていない。

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