episode10

 公園に咲矢を残し、薄明るい商店街を歩くうちにだんだん冷静さを取り戻してきた。このままでは良くないと思い、急いで公園に引き返す。ヒールの靴でできるだけ早く歩くと踵が熱くなった。履き慣れない靴を恨めしく思いながらもさらに足を早めた。公園の入り口から中を見ると、咲矢はベンチに1人座っていた。まだ帰る様子はなく、ふと思いつき、彩は回れ右をしてある場所に向かう。

「こんにちは」

「あら、彩さん。珍しいわね」

 ゆり子さんは、いつもの常連さんと話している最中だったが、すぐに彩に気付いて柔らかい笑顔を向けた。

「何にしましょうか?」

シフトの入ってない日に客として店に来るのは、入店以来初めてだ。

「ゆり子さん、新作2つお願いします。持ち帰りで」

「あら、新作は彩さんが作るものが1番美味しいでしょ。良かったら自分で作らない?」

ピーチフレーバーの紅茶に桃の果肉を入れた新作は、あやが提案したメニューだ。若いお客様に受けが良かった。

「いいですか?」

おずおずと聞くと、ゆり子さんはカウンターを開けてくれた。

「さあ、どうぞ」

彩は頷きさっそく準備に取り掛かる。早くしないと咲矢は帰ってしまう。時間きっかりに茶葉を蒸らし、桃の果肉と氷の入った容器に注ぎ入れる。最後にミントを飾って蓋を閉める。光に透かしてピンクがかった液体の色を見つめる。完璧とは言えないがまずまずの出来映えだ。咲矢はどんな顔をするだろう。そっと蓋を閉めて両手に持つ。

「ありがとうございました!」

ぺこっと頭を下げカウンターを出る。

「ほら急いで」

ゆり子さんは特等席から立ち上がり、店のドアを開けて待っていてくれた。

「行ってらっしゃい。彼、まだあそこにいるわ」

 視線の先を見ると咲矢の後ろ姿があった。驚いてゆり子さんの顔を見ると、イタズラっ子のような笑みを浮かべていた。どうやら、彩たちの様子は店の中からずっと見えていた様だ。

「行ってきます」

 彩は両手にカップを持ち、相変わらず痛む足で飛び出した。Lillyから公園までは5分もかからない。

「咲矢!」

「結城?どうした?」

 咲矢は驚いている様子で目を瞬かせる、

「これ、いっしょに飲も」

 強引な彩の態度に咲矢は面食らった様子で差し出されたピーチティーを受け取る。何か話出そうとしていたが、彩の顔を見て、何かしら感じたのか、とりあえず、と言う形で一口飲んだ。途端、咲矢の顔には笑みが広がる。つられて、彩も微笑んだ。

「うわ、おいしっ!桃が入ってんだ」

「そう。私のお気に入り。咲矢に飲んで欲しかったんだ」

 自分で淹れたことは言わないでおいた。

「結城、ありがとう。紅茶のことと、ここに戻ってきてくれたこと。俺、傷つけちゃったって反省した。あんな顔させたくなかった」

「咲矢のせいじゃない。ほんとに気にしないで。むしろこっちが謝らなきゃ」

ごめん、と彩は頭を下げた。

「結城が謝ることなんて一つもない。ほら、ここ座りなよ」

咲矢は、ベンチの左側に落ちてきた花びらを、手で払う。2人で並んで見る桜は相変わらず発光しているようだった。

「これ、どこで買ってきたの?」

 早くも半分ほど飲み終えた容器見せ聞いてきた。

「私の大好きなお店。今度いっしょに行こ」

 彩の答えに、咲矢は楽しみだ、と笑った。

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