episode8

 1回目のデート

「明日はデートってことでいいんだよね?」

「もちろん。楽しみにしてて」

 昨晩のやりとりを見返して、本当にいいのかな、と少し不安になる。何しろ、彩は咲矢の気持ちに答えるつもりはないのだ。それなのにデートなんてことはするべきなのではないと分かっている。思わせぶりなことをするのは罪に問われるべきだと言うのが彩の持論でもある。もし気を使わせている様なら、今日で終わらせようと決め、待ち合わせ場所に向かった。

 大学以外の場所で二人で会うのは初めてだ。少し早めに到着した彩よりも先に、咲矢は公園で待っていた。帽子を後ろ向きに被り、Tシャツにハーフパンツをオーバーサイズで着こなしているラフなコーデはとてもよく似合っていた。5センチのヒールはちょっと気合い入れすぎたなと、自分の足元を見て少しだけ後悔した。

「あ、スカート似合うね」

そう言って笑う咲夜の顔は暖かく、春の日差しの様だ。

 咲矢が言う穴場のお花見スポットとは、なんとカフェLillyのすぐ側の公園だった。桜の木の間から店の看板が見える。しかし、咲矢にそのことは伝えない。

「俺、こう言う地元の商店街とか見つけたら気になっちゃう性格でさ」

「わかる!いい店あったりするよね」

 咲矢とは出会って間もないのにも関わらず、まるでずっと前から知り合っている様な自然さがある。また、咲矢と一緒に過ごす時間は春の日差しの様に温かい。それは、きっと咲矢の優しさや彩に対する気遣いが常に感じられるからだろう。だから、彩の方からも、講義室で咲矢の姿を見つけると、つい話しかける様になった。

 今まで何度も脇を歩いていたのに今日の桜はライトアップでもされているように、白く発光して見えた。きっと太陽の光を反射しているからだなと見上げていると、風に乗って花びらが一枚彩の顔にひらひらと舞い降りた。隣に立つ咲矢を見つめると、彼はそっと右手を上げた。

「ここだよ」

こちらに伸びてくるかと思ったその手は咲矢の白い頬を指さしている。

「え、ちょっと待って」

彩は笑いを堪えて、と言うより、可笑しさと照れで複雑な表情になる。

「今のって取ってくれる流れじゃないの」

顔にはまだ花びらがついている。恥ずかしさで真っ赤にとまではならないが、この花びらと同じくらいには頬が染まってしまっていないだろうか。自分の今の考えの傲慢さに驚く。友達に恋人のような振る舞いを求めた。

「その、男子ってそう言うものじゃん?あ、、まってまって、やっぱ今のなし忘れて」

加え咲矢がなにも言わないことに気を乱してよくわからない言い訳をしてしまった。本当に情けない。

「私、何言ってんだろ」

 彩のあまりの取り乱し方に咲矢は吹き出した。

「なんだよ、そんな焦んなって。俺、結城に軽々しく手出せないから」

 そう、友達だから、この関係は恋愛にはならないから。彩が引いた線だ。咲矢は分かっていた。理解っていて一緒にいる。

「あ、手出すって言うのはそう言う事じゃなくて」

 急に静まった彩の様子に何を勘違いしたのか、目を泳がせている。いつも通りの咲矢の態度にやっといつもの調子を取り戻した。

「もーなにいってんのよ」

「いや今のはそっちが先に言い出しただろ」

「桜綺麗だねー!天気も良くてお花見日和だ」

あざといかな、と思いつつ、映画のヒロインのようにその場でふわーと一回転した。

「誤魔化そうとしてるな」

無理があったか、と僅かな勝算は打ち砕かれた。

「誠に申し訳ございません。どう落とし前をつければよいものか、、」

今度は平謝り作戦だ。そうすると、咲矢は微妙なところに話題を着地させた。

「前から気になってたことがあるんだけどさ、答えてもらおうかな」

不利な状況でこれは承諾するしかない。

「結城が好きな男ってどんなやつ?」

彩の恋愛事情は二人の間でなんとなくタブーだった話題だ。

「うーん、すごく顔がカッコよくて、、」

私は彼のどこを好きになったんだっけ、何年も前のことで思い出せない。気づいた時には目で追ってしまっていて、いつのまにか恋に落ちていた。中学以来会っていないけど、きっと

「きっと今もかっこいいよな」

「ははっ、勝てそうにねー」

駆け引き一つもないセリフは再び彩の顔を赤らめた。

「照れてやんの」

歯を見せて笑う咲矢の顔がついさっき頭で描いた蓮斗と重なり、切なさが込み上げてきた。

「もう会えないだろうけど」

消え入りそうな声で言ってしまうと、視界が滲んでくる。

「結城?ごめん、踏み込みすぎた」

滲んだ視界の中、咲矢の顔は見えないが、声だけでもすごく心配させているのがわかる。だめだ、他のことは打ち明けられても、こと話題を彼に話すことは出来ない。唇を噛み締め、顔を上げる。

「今日はありがと。また大学でね」

咲矢がどんな顔をしているか、水彩画のように滲んだ世界ではわからなかった。

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