episode7
「今度こそ結城のこと振り向かせてみせるよ」
こんな宣言をされた手前、身構えてしまった彩だったが、入学して二週間、咲矢は最初の気楽に話せる友人となった。学科が同じこともあり、自然と2人で行動する機会も多くなる。今も心理学の講義で咲矢は綾の隣の席をしれっと陣取っている。異性と過ごすことはカップルという関係でしか経験したことのない彩は男友達というのはまだまだ未知数なものでもあった。正確には、始めに告白されているのだし、完全に友達というのは咲矢にとって心外かもしれない。しかし、咲矢の好意に応えるつもりはない。それは蓮斗への想いがある以前に、すぐ別れることになるより、長く友達でいて欲しいという気持ちだった。そんな考えを知ってか知らずか、入学式以来、咲矢が彩の恋愛事情について聞くことはなかった。
「この後空いてる?」
授業終わりに聞いてきた。結局、五コマのうち四つを同じ机で受けることになった。
「ごめん今日バイト」
1時間ほど余裕はあるが、2人で過ごすとすぐに時間が経つ。ギリギリになるのは避けたい。
「どこか誘ってくれようとしてた?」
「お花見どうかなって。近くにいい感じの通りがあるから受験の時から目をつけてたんだ」
「じゃあ休みの日に行こうよ。土曜日とかどう?」
「喜んで」
そのままランチもしようという咲矢の提案は想像だけでも楽しめる。後ほど連絡して詳細を決めようということで、雑談しながら駅まで2人で歩いた。
「そういえば、結城ってどこでバイトしてるの。教えてくれてたらごめん」
改札を通る直前、少し振り返って不思議そうな顔で言った。教えてはいない。大学の知り合いにはあまり教えたくなかったので黙っていたのだ。飲食系だと濁すと、咲矢は足を止めて、完全にこちらに向き直った。透き通った目を瞬かせている。
「うわ、大学生っぽい、どんなところ?」
「カフェなんだけど、、そろそろ電車来るかもね」
さりげなく帰るよう促すと、一本逃そうかな、なんて迷いながらも定期券を改札に通した。咲矢はいつも機敏に綾の気持ちを察し、食い下がらない。
「また明日ねー」
遠ざかる電車を視界に入れながら駅に背を向けた。
______________
駅の寂れた商店街、地元の人々の生活圏で、シャッター街と言われながらもささやかに息をし続けている。そこの一本左の道、住宅に混ざって一見素通りしてしまうような場所にある。
"cafe Lilly"
看板は一つだけ。懐かしさのある隠れ家のような雰囲気に一目惚れし、窓に一枚だけ貼ってあるバイト募集の文字を目にした瞬間、入店を決めた。同じ大学の学生たちが寄りつかなそうな場所であることも、都合が良かった。
木製のドアを開けると、カウンターでオーナーのゆり子さんが出迎えてくれた。もうすぐ還暦を迎えるようには見えない若々しさは、周りが明るくなる表情から来るものだ。
「あら、いらっしゃい。早いのね」
時計は30分前を指している。
このカフェは去年他界した旦那さんと2人で切り盛りしていたそうだ。少しの休業を経て再開したが、ゆり子さん一人で店を続けるのは体力的にも難しく、かと言って、ずっと通ってくれている地元の人の溜まり場がなくなるのは寂しいということで、人手を増やすことにしたそうだ。面接の折、彩が地元の大学に通っている一年生だと説明すると未経験にも関わらずその場で快く受け入れてくれた。
自分には接客など向いていないのではないかと思っていたが、ゆり子さんの丁寧な指導でなんとか慣れることができた
「お疲れです」
制服に着替え、カウンターに立つ。彩と入れ替わりにゆり子さんは目の前の席に座った。もう裏の自宅で休んでもいいのに店にいるのは、ご主人と二人の時からの癖みたいだ。
「ここがゆりさんの特等席だから」
常連さんたちに指摘されても、そうよ、と店の真ん中で済ました顔で座っている。ゆり子さんは旦那さんとの思い出を語る時、いつも少女のような可愛らしさを覗かせた。
「なんだかいい表情ね」
ちょうど彩が思っていたことを急に口に出され、少々面食らいながら答えた。
「私、ですか?」
ゆり子さんは特等席でゆったりと微笑んでいる。
「この頃は緊張が溶けてきたみたい。気の合うお友達のおかげ?」
咲矢のことだ。ゆり子さんは彩の大学の話をよく聞いてくる。なんでも、初めの頃は彩の表情の乏しさを本気で心配していたそうだ。
「いや、ゆり子さんのおかげですよ」
あら嬉しいと、顔の前で手を合わせる。なんとも優雅だ。
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