episode6

 藤野咲矢は内気で押しに弱い。友達も少ない根暗だ。自分のことをそこまで卑下することもないと思うが、今の咲矢にはどうしようもない。

「そんなに悪くないのになー」

 まだ住み慣れない部屋の鏡の前でいそいそと髪を整える。前までずっと咲矢は分厚い前髪が視界を遮るような髪型をしていたが、鬱陶しくてやめた。最近はおでこが出るようヘアセットをするようになった。

 大学生活は順調なスタートを切れたと思う。サークルに入らないという約束なので、毎日は学校と寮との往復だが、それなりに知り合いもできた。

 自分の頭でついていけるか心配だった講義も何とか友人たちのおかげでついていけているはずだ。また、今まで触れてこなかった学問ができるのは案外楽しいことだった。

【こっちはなかなか順調だよ】

 毎朝の日課で、というか契約で、最近できた友人にメッセージを送る。返信は2件、時間がなかったのかスタンプだ。ありがとう、とにっこり笑った犬のスタンプと、いいなぁ、と指を咥えた人型スタンプ。後ろのスタンプの絵柄がシュールで面白く、気に入っていた。そのままニンスタを開きそうになったが、時計の時間が思ったより進んでいたので慌てて家を出た。


 大学まであと一駅、というところで見知った顔を見つけ、声をかけた。

「おはよっ」

 相手はイヤフォンをしていて、声が聞こえたかわからないが、急に目の前に現れたじんぶつを確認し、スマホを持った手をひょいと上げた。

「おはよー」

 結城彩は気だるげな様子ではイヤフォンを外してくれた。一瞬見えたスマホの画面のメッセージ通知に気付いてしまう自分の目ざとさは押し隠す。

「今日早いね、いつもギリギリなのに」

「1限が黄山の心理学でしょ、席埋まるの早いからさ」

心理学で使う教室は一テーブルに椅子が二つ。ほぼ人数分の席数だ。つまり、

「結城、俺と2人で座りたいからって、早起きしなくても、、」

おどけて言うと彩は片方の眉を上げた。

「前の席だと絶対絡まれるから後ろに座りたいだけ。藤野が勝手に隣座ってくるんじゃん」

そうだっけと、とぼける。

「て言うか、いつまで藤野呼び?咲矢って呼んでよ」

入学から二週間、彩と咲矢の間にはまだ一枚壁があるように感じる。

「自分だって結城のくせに」

「結城は呼びやすいんだよ」

呆れる彩に言い含める。

「俺は咲矢、結城は結城。ゆうきって名前っぽいじゃん」

「上手いこと言って、咲矢君は私の名前覚えてないんじゃないの?」

 それには答えず、二人電車を降りた。結城こそ、俺のことなんか忘れてるだろ。




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