episode4
「好きかどうか分かんなくて」
「清水君のことが?」
「いや、清水君が、私を」
「は?」
そう言って俯く詩音は本当に悩んでいる様子だ。その様子がますますおかしくて彩は笑いそうになる。笑いを誤魔化すために水を飲み質問する。
「浮気でもされた?」
「そう言うわけじゃなくて、なんか、初めの 頃よりも冷たい気がすると言うか、、」
「いつから付き合ってるんだっけ」
「ちょうど一年超えたとこ。なんか、本当に 心配になっちゃって」
変に強がったりせず弱さを見せてくれる様子はちゃんと信用してくれてるようで嬉しい。
「あのね、詩音は私の恋愛ばっか見てるから 麻痺しちゃってると思う。一年も経って、最初と同じ方が心配だよ。恋ってすごく浮かれちゃう、ふわふわした感じがあるでしょ?それが落ち着いてきて、改めて好 きだから一年付き合えてるんだよ」
「そうなのかなぁ」
「それにね、言わなかったけど清水君が用意した花束見て、私すごく羨ましかったし、安心した」
チューリップの花言葉は"愛の告白"。花屋で聞かされたとき、彩が尻込みした文言だ。結局、"前進"という意味で卒業シーズン定番だと言うガーベラを彼氏への花束に選んだのだった。花に込めた思いの差からすでに、彩が築いてきた関係よりも、詩音達2人の絆の方が強固のようなものに思えた。
「まあ、別れるときは別れるんだし!心配いらないよ」
彩がおどけてそう言うと詩音も思わず、と言う様子で笑い出した。
「経験者は語るってやつ?」
「そうそう、それに親友と違って男で空いた 穴は他の男で埋まる!」
本心で言った事だが詩音の笑い声は更に増した。
「ど定番のそのセリフ、彩に言われるの一番信用ならないよ。何人使っても埋まっていくせに」
「え?」
誰のことを言っているかは分かっている。それでもしらを切ってしまう。
「白土蓮斗、ずっと好きだったでしょ」
詩音は幼稚園児に言葉を教えるときのようにゆっくり明瞭な声でその名前を口にした。
心の柔らかいところをぎゅっと掴まれたような気がした。いつも記憶の片隅に追いやってる色褪せない記憶。
「ちょっとちょっと、もしかしてあんな子供の頃の事言ってる?」
「もちろん。あの頃の彩よりキラキラしてる とこ見た事ないんだもん」
「やめてよ、恥ずかしいな」
今までこの話題は遠慮していたのか詩音は水を得た魚のように話し出した。
「あの頃の思い出ってそんなに強烈なの?」
あの頃とは、天文学的確率で蓮斗と毎年同じクラスで過ごしていた、小中学生の頃。もっと正確には彩が蓮斗に思いを寄せていた頃のことだ。
今日のためにサロンに行って施したピンクのネイルを見つめ、少し考えた。
「小学生の時って恋愛とかよく分かってなかったから。今でも何で好きだったのかはわからない。片想いで辛かったし。ただ、純粋に見返りを求めず恋してた自分がもう戻ってこないから、その恋心自体が恋しくて忘れられないだけだと思う。だけどね、、」
この気持ちにはずっと気づかないふりをしていた。口にするのはひどく勇気がいることだ。詩音は瞳を輝かせて何度も頷き、続きを促す。
「だけど、、彼のことは、ずっっと好きです」
言ってしまった。顔が熱い。囚われ続けた思いがこぼれ出てくるようだ。
「詩音?」
詩音は数秒ほど固まっていたと思ったら両手で顔を覆い、訳のわからない高音で叫んでいる。
「彩、あたし、嬉しい。あんなに奥手だった彩が、高校入った途端片っ端から男子を落としていく様子、私の知ってる彩じゃなくなったんだってすぐ隣で見てて怖かったんだよ」
「片っ端からって失礼な」
そんな節操のないやつだと思われていたのか。
「私が何度も手助けしても白土とは話せなかったのにさ、中学の卒業式でも告白しなかったでしょ」
「後悔したんだよ。気持ちを伝えなかったこと」
白土蓮斗は中3の夏頃にスポーツ強豪校の推薦が来ていた。その学校は関西にあり、卒業したらもう会えなくなることは分かり切っていた。
「そのショックの反動でいいなって思った人にはすぐに気持ちを伝えるようにしてたんだよ。」
「そっか、成長したんだね」
「うん」
笑って見つめ合う2人を包む空気だけは、小学生の頃から何も変わっていない。
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「見て!すごく綺麗!!」
帰り道、そう言って詩音が指差す空にはピンクの満月が煌々と輝いていた。ストロベリームーンだ。
「昨日は三日月だった気がするけど、、」
彩は少し不思議に思いながらも、いつもと違い火照ったような月にしばらく魅入ってしまった。
2人でいつまでそうしていたかはわからない。
「なんか恋愛運上がりそうじゃない?なんかお願いしとこ!」
唐突にそう言って、詩音は両手を組み合わせると空に向かって目を閉じた。
「清水くんとずっと一緒に入れますように!!」
「うわ、リア充爆発しろーー」
茶化すような言い方をしてしまったが、一生懸命に祈る様子はすごく愛おしい。迷いのない詩音のまっすぐな恋心は眩しすぎるように思えた。
「ほら彩もお願いしときな」
「私はもう、恋愛はしばらくいいよ」
「明日から大学生なのに。きっと素敵な出会いがあるよ。ほら、私たち可愛いし、モテモテだよ」
当たり前のように言ってのける詩音の強さが彩をその気にさせた。
「そんなこと考えてたらさっきのお願い叶わないよ」
「そんなぁー、、お月様ごめんなさい!」
焦る詩音を横目に彩はさっき詩音がやったポーズを真似る。月に向かって目を閉じ、思い浮かんだのは、やはり蓮斗だった。
もし、私の望みが叶うなら。
(これから一生新しい出会いなんていりません。もう恋愛ができなくなってもいいです。もう一度だけ彼に会わせてください)
その夜は彼の夢を見た。
中学の卒業式のその日まで、ずっと同じ教室で過ごした記憶は今でもはっきりと思い出せる。
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