episode2

 早咲きだった桜はもう散り始めて、アスファルトを淡いピンクに染め上げている。桜の名所100選にも選ばれている彩が通う城址学校の景色は進学校と呼ばれる偏差値の次にこの学校の売りになっている。

 卒業式は予行練習通りに進められ、証書を手にした学生たちが別れを惜しむ。



「ちょっと、花束二つ持ってるの私だけなんだけど、目立っちゃってない?」

「両手に花、いいじゃん」

 小学校からの幼なじみであり、いちばんの親友である長内おさない詩音と同じ学校に通うのも今日で最後だ。今日を迎えるにあたり学校そのものより、詩音と毎日会わない生活になることへの寂しさが彩にとっていちばん大きい。

 整った容姿と、スラリとした手足で子供の頃から注目されっぱなしの彼女は、今更人の目などを気にする必要はないのに、当の本人は相変わらず不服そうな様子だ。

「証書ちゃんと写ってる?」

「大丈夫大丈夫!お花の方が映えるって」

 彩はニヤニヤしながら恥ずかしそうな様子の、詩音にカメラを向ける。彼女の右には彩からのガーベラ、左には彼氏からのチューリップの花束が抱えられてる。

「もう、彩の男関連のお下がり何回めよ」

彩は別れるたびに思い出の物や、準備してたプレゼントを処分するのが勿体無くて、詩音に引き受けてもらっているのだ。今回も渡す相手がいなくなった花束を受け取ってもらった。昨日のうちに電話で確認していたが、実物を見て流石に呆れ顔をしていた。非難的な言い方をしているものの、この親友も、どこか楽しんでいる節がある。

「断ったことないくせに」

「物に罪は無いもんね」

詩音は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「だよねー」

「あ、部活のメンツで集まる時間だ」

「行っておいで。あのさ、もう一回言うけどこの後、私じゃなくて清水君と会わないの?」

 彩の言葉に詩音は一瞬意味深な視線をチューリップに送って言った。

「い•い•の!」

「でも」

 詩音は軽く私をこづいて後でね、と小走りで行ってしまった。

「遅れないでよーー」

 その背中を追いかけるようにして叫ぶ。

「もう」

 喧嘩でもしてるな。チューリップに免じてフォローしといてあげるか。

 あらかた挨拶は済ませたことだし、最後に中庭の桜を見て帰ることにした。と、辿り着く前に意外な人物に声をかけられた。

「一緒に写真撮ろうよ」

 つい昨日別れた颯だ。

「え、」

 気圧されている彩に気付かず颯は話し続ける。

「初めて写真撮ったのもここだったろ?懐かしいよな」

 そんなの覚えていない。

 颯はインカメを起動し、2人を画角に入れる。彩は一歩後退りしてさりげなく画角から離れる。

「ちょっと待って、私たち昨日別れたよね」

「そうだよ」

 何当たり前のことを、とでも言いたげな顔で答える。

「私、別れた人とは関係持ち続けないタイプなんだ。写真は申し訳ないけど撮りたくないな」

 穏便に済ませるべく言葉を選んで言った。しかし、相手も引かない。

「そんなの寂しくない?別れたらはい、終わりって。写真くらい何でもないだろ」

 言い返してしまったのは、この言葉が少なからず彩も気にしている事だったからだ。

「すぐ消すことになっても?」

「は?」

 だめだもう止まらない。

「今言ったけど私は別れた人とは関係続けないし、思い出も全部処分するんだ。昨日のうちに写真も全部消してある。だから、新しく増やすのは正直めんどくさい」

「めんどくさい?俺との事は面倒な事だったのか」

「そう言ってるわけじゃないって」

私を見る颯の目には失望と怒りが滲んでいる。昨日は全然見なかったくせに、何だこいつ。

「ねえ、そんな目で見ないでよ」

「昨日、俺のことまだ好きだって言ってただろ」

「あれは嘘。お互い好きじゃなくなったって言ったよね。その通りだよ。それに、元カノと思い出の場所で写真撮りたいなんてちょっと引くんだけど」

 彩は吐き捨てるように言って颯を置いて校門を出る。

 ああ、今回こそいい形で終われたと思ったのに。別れる時はいつもこうだ。偽りの言葉で作り上げた関係は長続きしないし、仮初のもの。いつのまにか打算的な恋愛しかできなくなっている。それに、

「なんで男って一度自分のこと好きになった女がずっと自分を好きだって思ってるんだろ」

 まるで相手のせいのように考えてしまう自分の性格の悪さも嫌いだ。


 

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