再会した初恋の彼は私を覚えていなかった

氷野(ひの)

episode1

「俺たちもう別れよう」


 卒業式前日、放課後呼び出されたファミレスで、変にかしこまった彼からそう告げられた時、まず頭に浮かんだのは花束のことだった。卒業式で花束を交換して写真を撮るのが、一番別れやすいとされる受験期を乗り越えた高三カップルの特権だ。

 もうとっくの前に注文しておいたのに。

「理由聞いてもいい?」

 向かい側に座る彼は彩と目を合わせずに口を開いた。

「お互い好きじゃなくなったのに、関係続ける意味ないだろ」

 なぜお互いなんて言葉を使うのか。罪悪感をこっちに押し付けるな。

「私は、好きなんだけど」

 彼はやれやれと言うようにため息をついて言った。

「そうは思えない」

 それきり、黙り込んでしまった。

 あぁ、お花屋さんにキャンセルの連絡しないとな。それか、メッセージカードだけ作り直すか。

「ご注文お決まりですか?」

 場に相応しくない明るい声を合図に、彼は立ち上がり私はメニューを開いた。

「すみません。僕は帰ります」

 店員さんにだけ向けられた言葉。私とはもう話す気はないってことか。彼の背中はどんどん遠のいていく。

 今回も三ヶ月と持たなかった。初めて彼氏ができてから、付き合っても長く続かないのが、今までの結城彩の恋愛だった。

「ドリンクバー一つお願いします」

 彩は素早く注文すると、急いで彼を追いかけた。もう店を出かけている。これだけは伝えておかなければ。

はやて君、ありがとね」

 彼が振り返り、久しぶりに目が合った。彼の顔には、最近見ることができなかった優しい笑顔。好きになった笑顔。

「うん、短い間だったけど!」

 なんだ、元気じゃん。踵を返し、ドリンクバーに向かう綾の背中を、カラン、とドアが閉まる軽い音が追いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る