第9話 紋章官

 隠れ道を辿り、北の砦に到着したデジレは、変わりない砦の威容を眺め、久方ぶりに心を明るくした。

 出迎えてくれた兵たちからは、異常を告げる内容は皆無だった。

 彼らは、軍師を招き入れ、準備した酒と食糧を振る舞った。どちらも程々に、を旨とするデジレは、その大半を側近たちに譲ると、屋上の見張り台に指揮官を誘う。

 そこで、王から授かった、堰の要石を破壊し、湖を決壊させる命を告げた。

「“忌み地“へ向かうのですね…私も同行いたします。しかし…」

 指揮官は俯いて声を渋らせた。

 デジレは彼の肩に手を当てながら、語りかける。

「どうした。忌憚の無い意見を述べよ。その為に、ここへ誘ったのだ」

 指揮官は軽く微笑み、話を続ける。

「しかし、それでは土地が荒れてしまいます。どうにか、避けられぬでしょうか…」

 砦の指揮官は、遠慮がちな声で、軍師に懇願した。

「儂としては、王の御意向に背くような事は言えぬよ。ただしかし、王はその後の領土拡大も視野に置いておられる。いや、むしろ…それを最初にお考えであったようにさえ思える。騎士団を殲滅することは、はなから容易いことと見越しておいでだったのだろう」

「では、何故、畑を焼いたのですか?」

 デジレは、彼の肩をぽんと叩いた。

「お前さんは、今の妻と別れて、儂の勧める女と子を産めと言われれば、素直に従うか?」

「突然、そのような…即答は致しかねます。詳しく、お話をお聞かせ頂かねば…」

 デジレは笑った。

「そう、青くなるな。例え話ぞ。農夫にとっての畑は、妻のようなものだ。先祖からの土地を、手塩にかけて育ててきたのだから、別の土地へゆけと言われて、容易く従えるものではあるまい」

「しかし…そのような理由でも、畑を焼くというのは…」

「年月を重ねるごとに、山の民は、その数を減らし続けておる。肉深くに刺さった鏃は、肌を裂いて血を流してでも抜き取らねば、いずれ肉を腐らせて死に至らしめる。王の御心痛も、少しはお察ししろ」

 そう説得する彼自身も、含むものがない訳ではない。

 酒を一口煽ると、これから向かうことになる山並みを見つめる。

 雲が影を落とす、壮大な山海の奥に、“忌み地“は今も翠色の水を蓄えているだろう。

 北の敵対諸族を殲滅したそれは、今度は南の侵入者たちを撃滅せしめ、その後に山の民は、新たな地を得て、勢力を拡大するだろう。それは、痩せた土地がもたらすわずかな恵で、慎まやかに命を繋いできた山の民の歴史の、新たな時代の幕明けとなるはずだ。


 まだ見ぬ未来へと想いを馳せていたデジレは、ふと不安に襲われた。

 第六感、とでもいうべきであろうか。

 先ほどまで聞こえていたはずの、ヤマガラの声がしない。

 ただ、それだけのことに、妙な胸騒ぎを覚えた。

 ふと、見張りの塔から下を見下ろし、その光景に彼は目を見開いた。

 もうすぐ昼時だというのに、塔の下は白い霧に覆われていたのだ。つい先刻、砦に到着した際には、このような霧は出ていなかった。

「もしや、魔術…!」

 異変はさらに重なった。

 自分の声が、聞こえないのだ!

 振り返ると、先ほどまで語らい合っていた指揮官の首に、ナイフが走った。

 動脈から直接溢れ出す、明るい色の鮮血がデジレの脳裏に焼きついた。

 指揮官の背後にいる者は、不吉な深緑色の衣を纏う。

 同じ装束の一団が、塔の上にいた者たちを殲滅していくではないか!

 鮮血を吹きながら、無言で倒れる指揮官の体を乗り越えて、刺客が手を伸ばす。

 デジレは、即座に意を決した。

 重要な情報を知る自分が、相手に囚われるわけには行かない。ましてや、今ここで剣を抜いたところで、到底、抗いきれぬだろう。もはや、選択の余地は無い。


 それを瞬時に理解し、彼は塔から身を投げ出した。


 身体が冷えるような浮遊感に襲われたのは、一瞬の事だった。

 激しい衝撃に、気を失いかける。

 全身を襲った痛みによって、四肢がぶるぶると震える。

 デジレは喘ぎながら、どうにか立ち上がる。

 白い霧の中に、襲撃者と同じ格好をした者が、倒れていた。どうやら、その者の上に落ちたようだ。身体を確かめると、左腕に冷たい痛みを感じた。

 肩のすぐ下から、腕がちぎれかかっている。

「あっぐぅ…」

 今しかない。

 今すぐに動かねば、痛みで身動きが取れなくなる。

 まだ生きている以上、捕まるわけにはいかないのだ。

 デジレは、足を引き摺りながら、草むらの中に飛び込んだ。

 幸い、霧が姿を隠してくれる。

 相手は、何者だ…あの格好とやり口は、騎士とは思えない。しかし、それに与する者たちであろうか…まさか、出掛けに見つけたトリスケルの刻印を持つ者たちの仲間か…それとも、騎士団の襲撃を好機とみた、辺境諸族たちの襲撃か…。

 考えるのだ。考えておらねば、痛みに負けてしまう…。

 音が、戻った。

 草むらは鮮やかな色合いを見せ、霧からも脱していることを気づかせた。

「あっ…」

 何かが、草むらを掻き分け、一直線に飛んできた。

 いや、何もない。

 強いて言えば、それは風。

 腕に衝撃を受けた。

 デジレの右腕、肘から下が、草むらの中へと落ちた。

「鎌鼬かっ」

 また、来るっ!

 死を覚悟した瞬間、彼は草に覆われた断崖から足を滑らせ、深い渓谷へと転がり落ちていった。

 


 しばし後、違う場所。

 天井から吊り下げられた長い麻布。

 色とりどりの色彩が幾重にも重なる。

 風に揺らぐそれらを、一枚、また一枚と潜り抜けた先に、巨漢の王は座していた。

「何者だ…どうやってここへ来た」

 気の弱い者ならば、その声を聞いただけでも震え上がって萎縮してしまうだろう。威厳、とはそういうものだ。離れた場所では、何とでも言えるし、何とでも出来ようと考える。しかし、真のそれを持つ者の前に立ち、初めて人は威厳の真意を知るに至る。

 そしてそれは、人の思考を妨げ、無条件に従わせてしまうほどの、魔力を持ち合わす。問われれば、どうにも逆らい難く、何とかこの場を無難に切り抜ける方法を模索するだけで、思考は精一杯となってしまう。

 山の民の王、ウジェヌの声は、その類のものであった。


「名乗れ、不埒者め」

 王に罵られながらも、その者は静かな歩調のまま、玉座の前まで進み出ると、洗練された丁重な仕草で礼を表す。完璧なまでの、西方貴族の礼節だ。

 スラリと伸びた四肢に、細かく編み込んだ金髪。乗馬向けのブーツに、白い綿のタイツ、そして帽子とセットになったフェルト製の軍服。腰には、精緻な意匠が施されたレイピアが下げされている。

 およそ平民の出とは思えぬ、美しく知己に満ちた顔立ちには、好意に満ちた笑みを含む。ペリドットのような灰色の瞳は澄み渡り、真っ直ぐに玉座の男を見据えていた。そして、銀のアクセサリーに飾られた、その両耳の先は長く、尖っていた。


「ご無礼は承知の上で、まかり参じました。紋章官ロロ=ノアが、陛下に拝謁申し上げます」

 ウジェヌは不動のまま、眼前の女性をぬめつけるような視線を送る。

「そうか…お前が…。その名の噂は、かつて聞いたことがある。確か、“王を選ぶ者“…西の言葉で、キングメーカーと言ったか。かなりの昔のことだが、まさか、まだその“若さ“とは、恐れ入った」

 王は身を捩り、玉座に深く座り直した。

「…で、その紋章官とやらが、お忍びで何用ぞ。軍指南役を申し出るのならば、軍師の次席として雇っても良いが」

 ロロ=ノアは、再度、慇懃に頭を下げる。

「そのお申し出は、誠に恐悦至極でございますが、残念ながら現在はクラーレンシュロス伯にて、世話になっております故、叶いませぬことでございます」

 ウジェヌは低い地響きのような声色のまま、事なげに応える。

「むん。ならば、さっさと剣を抜くが良かろう。まさか、聞こえに高し軍指南役が、王族暗殺までこなすとは、思いもよらなんだわ」

「それは異なことを申される。ピエレトの大将軍で鳴らした、ウジェヌ陛下に剣で挑むなど、無謀にも程がございます」

 芝居掛かった仕草を見せる女を前に、ウジェヌの表情は不快感を露わにした。

「儂のことを調べたのだな…記録はすべて焼却させたはずだが」

「美しき剣鬼…奥方様の記憶も、ですかな?」

 ウジェヌの瞳に、暗い光が灯った。

「お前の要件は、何だ」

 ロロ=ノアは、たっぷりと間を空けてから、気さくな口調を変えて語り始める。

「その前に、私の所持する魔剣の事をご理解いただきましょう」

 ウジェヌの表情は硬いまま。

「私は単にアズールと呼んでいますが、これは私に“真理の探究“をせがんで止みません」

「単なる好奇心で、儂の時間と機嫌を損なうつもりか。火遊びは、賢明とは言えぬぞ」

「単なる、とは遺憾でございます。どうやら、ウジェヌ陛下は、魔剣を所持していらっしゃらぬのに、その“呪い“についてお詳しいご様子。奥方様が患った“呪い“についても、よくご理解なされていらっしゃるのですね」

「お前の首が、あとどれほど胴体に繋がっていられるのかは、儂の忍耐の具合によるのだ、ということをお前は知るべきだ」

 慇懃な礼を繰り返し、しかし、顔を上げたロロ=ノアの瞳には、鋭い光を帯びていた。

「先刻承知でございます。しかし、私も“呪われている“のです。何とぞ、ご理解のほどを。そうです。こう致しましょう。私から、三つの情報をご提供いたします。その代わりに、と申しては失礼千万ではございますが、ウジェヌ陛下には奥方様の逸話を、おひとつ、たったひとつで構いません。それを、お聞かせ頂きたい所存」

「その記憶は、儂自身、封印したものだ。お前のような輩に語るものでは…」


 ロロ=ノアの灰色の瞳が、うっすらと光を帯び始める。

「よくご理解を申し上げております。しかし、想い出話ひとつの対価で、戦さに関わる情報を三つ得られるのです。それも、敵軍の軍指南役が語る、偽りのない情報を。どうか、ここはひとつ、戯言に付き合うくらいの、深いお心で持って、お付き合いくだされば良いのです」

 ウジェヌの瞳からは、先刻まで発っせられていた圧力は、すっと消え失せていた。

「誰にも語らぬと決めた話よ。知っておる者は、ひとりも生きておらぬ…」

「だから、価値を持つのです。どうぞ、お続けください」


 ウジェヌは、夢を見ているような面持ちで、ゆっくりと封印した記憶の蓋を開き始めた。

 それは、辺境諸族同士、戦乱に明け暮れていた時代、武骨な戦士が胸に抱いた、女王への叶わぬ恋心から語り始められた。


 クラーレンシュロス伯領の南東に広がる辺境、タラントゥース半島には、まず隣に、シュナイダー侯領がある。その東に広がる山脈は、“逆くの字“型をしており、北西の端には、ドワーフたちが住み、北東の一帯はオレリア公領が版図を広げる。ピエレト山は、この南側に位置していた。


 今から40年ほど前、この南側の山脈地帯と、逆くの字の凹みにあたる平野には、山の民を含めて4つの部族たちが互いの勢力圏を奪い合っていた。その様相は、さながら獰猛な蛇たちに囲まれ、残されたわずかな狭い地で、毒蜘蛛たちが互いに殺し合うかのような愚かしさであった。

 その中でも、戦闘民族としての伝統と誇りを尊ぶ、山の民たちの隆盛が際立っていた。彼らは、男子が6歳を迎えれば親元から離し、ろくに雨も凌げない粗末な兵舎に寝泊まりして、戦闘術と軍務を学ぶ。15歳を迎えると軍属となり、平時ならば、集団で畑仕事や建設作業などに従事し、戦時となれば武器を手に取って戦った。やがて40歳になると満期除隊となり、そこではじめて妻を娶り、世帯を持って新たな家族だけで暮らすことを許された。彼らの平均寿命からすると遅すぎるように思えるかも知れないが、子どもを成人させるまで面倒をみる必要は無かった。女子は同じく6歳になると、女だけの共同体に入り、そこでさまざまな生産活動に従事するからだ。

 王は伝統的に女系だったが、血筋は問われなかった。女王の寿命が近づけば、その崩御を前に、次の後継者が選抜される。身体付きが立派で、忍耐力の強い女が選ばれ、試練を通過する者が現れれば、先代は自害し、次代へと引き継がれた。


 8歳の時、ウジェヌは6つ年上の新たな女王、カフカに心を奪われた。

 女子の成人は12歳であり、すでに成人した女性であったカフカだが、他の女性と同様に、噂話に花を咲かせることが好きな、世間知らずの小娘にすぎないはずの年齢であった。しかし、彼女は人々を前にしても動ずることなく、長時間の祭事にも、気品のある姿勢を保ったまま、女王の勤めを立派にこなした。

 透けるような白い肌、その肩にかかる美しい黒髪に、触れてみたい、いつしかウジェヌはそう願うようになっていた。


 山の民の政治は、老中と呼ばれるそれに長けた大人たちが務める。女王は、宗教的な象徴であったのだ。

 どのような祭事にも、その手には“妖刀“が握られるのがしきたりだ。

 当時の山の民たちの信仰は、西方諸国の魔剣崇拝の分派に位置していたのだ。

 建国の祖が所持していたと言い伝えられる“妖刀イズモ“は、山の民のスピリッツの象徴であり、それを所持する女王は、精神的な支えとなっていた。

 しかし、ウジェヌには、年月を重ねるごとに憔悴していくカフカの様子に、心を痛めるようになる。

 

 恋心は10年の月日、硬く乾いた土の中で干からびる事もなく、一滴の水を得て、ついに芽生えるに至る。

 部族間抗争に勝利し、大きな功績をあげ、次代将軍とも揶揄されたウジェヌは、幾分か調子に乗っていたのかも知れない。凱旋の宴は3日間つづき、その最終日の夜、人気のない暗がりでひとりうずくまる女王の姿を見つけ、彼女の元に駆け寄った。

 10年前は、磨き上げられた翠玉のようだった頬はやつれ果て、目の下には赤いくまが生まれていた。

 その彼女を抱き上げ、ついに彼は思いの丈を打ち明けた。

 女王は、ずっとウジェヌの視線を感じていたことを告げ、その想いを受け入れる。

 ウジェヌは、彼女の心が渇き切り、もう一歩も歩めぬほどに打ちのめされていることを知った。

 なぜ、もっと早く告げなかったのだろう…若き戦士は、自らの気弱さを呪った。

 しかし、問題がひとつあった。

 女王は、その任期の間に夫を迎えることは許されない。

 ふたりの関係は、秘密裏のまま、続けられることになる。

 今まで死んだ置き物のような存在であった女王は、徐々に生気を取り戻し、精力的に公務に挑むようになる。

 だが、そのふたりのわずかな変化を、薄々と勘づく者たちも現れる。二人だけの秘密は、徐々に露見し始める。冬の湖の表面は固い氷に閉ざされているよう見えて、実は着々と、春の暖気がその内側を溶かしていくように…。

 二人の足元を支える氷は、少しずつ溶けていたのだ。


 そのふたりのなり染めが知れ渡る、決定的な事件が起きた。

 幾度目かの部族間抗争の折、軍営の後方にて民たちの守護を司どる女王は、大怪我を負って運び込まれたウジェヌの姿を見て動転してしまったのだ。台車に横たえられた彼の元に駆けつけ、こう叫んだ。

「どんな手を使っても、彼を助けなさい!そうでなければ、妾は女王の役を降ります」

 カフカ自身、自分の中でウジェヌの存在がこれほどまでに大きくなっていることに気づき、驚いたに違いない。

 その時の抗争は、幸い勝利に終わった。

 老中たちが会議を開き、その後の処分が決まる。

 女王が咎めを受ける事はなかった。早急に、次期候補を集う。しかし、ウジェヌは牢に閉じ込められ、死刑が宣告された。それが、慣わしであったのだ。


 夜半になって、その知らせを侍中たちから受け取った女王は、錯乱した。

 自身、次期の女王が選定されれば、自刃に伏す定め。それを甘んじて受ける事は出来ても、ウジェヌの死は受け入れ難かったのだ。

 妖刀を抜いた彼女は、身辺警護の者たちを殺戮した後、老中たちをも皆殺しにした。まるで人が変わったかのように出会う者たちを次々と切り殺し、夜のピエレトの城下は恐怖に満たされた。

 通りがかりの酔っ払いも、警邏の兵たちも、駆けつけた武将たちも、切り伏せられた。


 牢の小さな通気口から、朝の光が差し込み始めた頃、囚われのウジェヌの元に、彼女は訪れる。

 牢越しに、全身に包帯を巻いたウジェヌと、全身を赤黒い返り血に染めたカフカが向き合う。

 カフカは、身体を小刻みに震わせながら、涙を流していた。

 涙を流しながら、悲痛とも、狂気とも取れる表情を見せて、ウジェヌに告げる。

「どうかお願い…あなたの手で、私を殺して…」


 黙した王を見て、ロロ=ノアは椅子に腰掛けると、脚を組んだ。

「…して、その刀は、今や何処に?」

「儂が与える情報は、ひとつのはずだ」

 王の口調に力はなかったが、微かに怒りを帯びていた。

「これは…いやはや、さすがの胆力でございます。お見それいたしました」

 彼女は、脚を組み替えると、早口に語り始める。

「では、お約束です。私からの情報をご提供いたしましょう。まずひとつ、北の砦は陥落し、湖は我が軍の手中にあります」

 王は眉をぴくりと動かした。

「デジレは、どうした」

 ロロは、両手の平を広げて答える。

「逃げ仰せました。彼の運が良ければ、いずれここへ現れましょう」

「おのれ、どうのように…いや、その真偽も怪しいものか…」

「では、次の情報です。おめでとうございます。諸族たちが、辺境騎士団を“共通の外敵“として、認識を共有したようです。古の同盟が、功を奏しましたね」

「要らぬ助けだ。奴らの狙いは、辺境騎士団とやらが平定した領土にある」

「いずれにせよ、共同戦線を張れるのですから、慶事だと述べるべきでは?」

 王の額から、汗が流れる。

「最後の情報を聞こう」

「…最後の情報は、我が軍との講和の条件です」

「馬鹿なことを…」

「当地は、引き続き王にお任せいたします。しかし、条件がいくつか。まずは、売上税。これを一割。次に人頭税についてですが、直轄地とする気はないため、これは免除とします。代わりに、常備兵五千の提供。当初一年間のその給与と兵糧…その後は、騎士団が賄います。それに、交易と…宗教の自由化です」

「世迷言を…我らは、魔剣崇拝を捨て去った。山神のみが、民の心を繋ぐ道標である」

「承知しております。あなたは、心底より、魔剣を憎んでおられる。愛する者を狂わせた、その“呪い“を。でも、民たちはどうなのでしょう?あなたは、女王との悲しい“なり染め“を消去してしまった。誰も、魔剣がもたらした悲劇を知らぬのです…ま、兎にも角にも、それが最低条件です」

「お前たちと、講和を結ぶことなど、有り得ぬ話だ」

「どうでしょうね…このお話、夢ゆめ、お忘れなきよう」

 ロロ=ノアは席を立つと、優雅に一礼し、悠々と退室してゆく。


「おのれ…魔性の類め…」

 ウジェヌは額の汗を手で拭い、身体が自由を取り戻したことを知った。

 怒声が、王の間に轟いた。

「誰や!おらぬのかっ!」

 即座に、黒づくめの四人の兵が、王の前に整列した。

「ここに御座います!」

 謁見の間の四隅に潜む、専属の精鋭たちは、王の怒りに怯えつつ、姿勢を正して命令を待った。

 ウジェヌはため息をつくと、静かな声で告げた。

「よい。退がれ…」

 王は立ち上がると、巨漢を震わせて力を込めた。首、背中、両肩、胸…盛りは過ぎたとはいえ、彼の鍛え抜かれた筋肉が、主人の怒りを受け取り、隆々と盛り上がる。

「儂の怒りは、高く付くと知れ」

 地獄の底から響く声のように、ウジェヌは一人、そう宣言した。

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