第18話 幸福 (最終回)
お祭りはかなり盛況みたい。あちらこちらで笑い声が起こり、音楽が流れ、歌い踊る人たちがいる。久しぶりに戻った故郷……というか、ミラー子爵家の隣の領地で開催されている大きなお祭りなんだけど。わたしたち、魔法学園の魔法使いたちは、いつものように、このお祭りでも魔法を披露する。
わたしは、魔法で作ったシャボン玉を、中央の広場でいくつも飛ばす。
太陽の光を反射して、七色に輝く大小さまざまな、シャボン玉。
それが、ふわりと浮かび、ウォルター先生が作った微風にゆらりと流されていく。
人がだいぶ集まったところで、大きなシャボンを作って、わたしがその中に入った。ふわりと浮くと、周囲から歓声が上がった。
「さあ、お集まりの皆様っ! 魔法使いレシュマの特別なシャボン玉だよっ! 人が入れるくらい大きいのもあれば、小さいのもある。触ってごらん、シャボン玉なのに、触っても、なかなか壊れないからねっ!」
ジードさんが音声魔法で、声を拡散する。
「うわー、本当だっ! 触っても壊れないっ!」
小さな男の子が、駆け出して、大きなシャボン玉を抱えた。
それでも、シャボン玉は壊れない。
しばらくぶんぶんと振り回し、そのあとようやくシャボン玉は壊れて消えた。
「すごーいっ!」
男の子は、別のシャボン玉に手を伸ばし、そして、また、同じようにシャボン玉を振り回した。
別の女の子も、大人も子どもも、シャボン玉に手を伸ばしだした。
みんな笑顔で。子どもみたいにはしゃいでいる。
嬉しいね。
楽しいね。
幸せだね。
わたしはにこにこしながら、周囲のみんなを見て。それで、そのまま、シャボン玉に入ったまま、中央の広場から、祭りの開催者から指定されていた南の広場まで移動する。
ふよふよと漂うわたしのシャボン玉のすぐ近くには、ウォルター先生もいる。
「でっかいシャボン玉の中に入りたいやつはいるか? あっちの南の広場では、希望者には、巨大なシャボン玉の中に入らせてやるぞ」
ウォルター先生や、他の魔法使いたちが、そう言いながら、移動する。
声につられるように、大勢の人たちが、わたしのシャボン玉の後についてきた。
わたしの入っているシャボン玉を割って、差し出してくれたウォルター先生の手につかまって、とん、地面に降りる。
「さ、がんばりますかっ!」
気合を込めていったら、即座にウォルター先生から「頑張りすぎないようにな」と注意された。
へへへ……と笑っているうちに、シャボン玉に入りたい人たちの列が、どんどんできている。
「先頭の人、こちらへどうぞっ!」
呼んで、まず一人目のお客さんをシャボンで囲む。
「飛べはしませんが、そのまま歩けますよ」
「そ、そうか……」
お客さんは、恐る恐るという感じに歩き出す。それでもシャボン玉は割れない。
「はーい、じゃあ、次のかた~」
母親と手を繋いだ子どもが歩いてきた。
「んー、坊やはお母さんと一緒にシャボン玉に入る? それとも一人で入る?」
ちょっとしゃがんで、子どもに聞いてみた。
「いっしょっ!」
「じゃあ、お母さんと手を繋いでね~。行きますよ~、はいっ!」
わたしは右腕をぐるりと回して、母親と子どもをいっぺんに、ものすごい大きなシャボン玉に包んでみた。
「おおー」とか、「わあー」とかいう歓声が上がる。
「そのまま歩いて行って大丈夫ですよ~。あ、でも十分くらいしか持ちませんからねー」
そのまましばらくどんどんお客さんをシャボン玉の中に入れていった。
だけど、お客さんは増えていく。
よおし、まだまだ頑張るぞー……と思ったのに。
ウォルター先生が、わたしの肩をぐいと引っ張った。
「レシュマ、お前、魔法使い過ぎ。ちっとは休め」
「えー、でも、皆さん待ってくれているし。わたしも楽しいです」
「後でぶっ倒れても知らねえぞっ!」
ウォルター先生に怒鳴られた。
だけど、わたしは嬉しくて「ふふふ」と笑ってしまった。
「レシュマ?」
「わたしが倒れたら、抱っこしてくれるでしょ?」
耳元で、囁いたら。ウォルター先生の顔が真っ赤になった。
「お、おお……」
「あーんして、ご飯も食べさせてくれるからねー」
「あ、当たり前だろーがっ!」
「ふっふっふ。わたし、ウォルター先生に甘やかされているなあって、嬉しくなっちゃうの」
好きって、気持ちを伝えてから。
ウォルター先生は、わたしにすごく甘い。
ジードさんたちは「あーあー、若い嫁を貰ったおっさんは、メロメロだな~」って、からかってくるけど、まだわたし、嫁じゃないからね。
それは、これから。
これからの、話。
「だからって、ぶっ倒れるまで魔法使うな。祭りが終わったらミラー子爵家行くんだぞ? 元気な姿を家族に見せてやれ。それから……倒れなくても、甘やかすくらいしてやるから」
ウォルター先生はぶっきらぼうに言って、顔をプイッと横にそむける。
でも、耳が赤いし。
嬉しくなって、わたしはウォルター先生に全力で抱き着いた。
そう、わたしとウォルター先生は、魔法学園のお仕事のほうにお休みを貰って、お祭りの後、わたしのミラー子爵家と、ウォルター先生の家に行くの。
……結婚したいですって、両家に手紙は出して、承諾は得ているんだけど。
まだ、二人であいさつに行ってはいないから。
お母様とお父様とルーク兄様にちゃんと改めてウォルター先生を紹介して。それから、結婚式の段取りについても相談したい。
ミラー子爵家か、ウォルター先生のご実家の近くで式を挙げるのか、それとも魔法学園の近くで式を挙げるのか。
こっちの国で結婚式を挙げるのなら、両親や親戚なんかは呼びやすいけど、そうすると、魔法使いの仲間たちは……何人呼べるのかな……。
うーん、いろいろお父様やお母様に相談したいな……。
なんて幸せな悩み。考えていたら、呆れ顔のジードさんに、ウォルター先生から引きはがされた。
「はいはいはいはい、バカップル劇場はどっか別のところでやってくれ」
「誰がバカップルだっ!」
「ようやくゲットできたレシュマちゃんと、いちゃこらしたいのはわかるけどね~。あとレシュマちゃん、疲れちまうのもよくないけど、これだけ皆さんお集まりだから、あとは俺がやるよ。レシュマちゃんほどうまくはできないけど、一応オレもこのシャボン玉の魔法、使えるし。はい、交代。飯でも食いに行きなさい」
「はーい。じゃあ、あとはよろしくお願いいたします。ごはん食べ終わった後、また交代しますね」
「ほいよ、よろしく」
ジードさんにありがとうを言って、わたしはウォルター先生と手を繋いで歩き出す。さーて、なにを食べようかな。
クレープに、串焼きに……果物を絞ったジュースも飲みたいな。
お祭りの屋台をひやかしながら、わたしはふと思って、ウォルター先生に尋ねた。
「そういえば、ウォルター先生」
「なんだ?」
「先生のご家族の話、あんまり聞いたことなかったなーって」
「ぐっ!」
「結婚にあたって、そのあたりも詳しく知っておきたいんだけど……」
前に、いつだったか貴族の令息とか言っていたなあ……なんて、思い出したんだけど。ああ、そうそう、アルフィン元侯爵夫人から「ウォルター・グリフィン・ブラウンス先生よ」って……。
「えっと、ブラウンス家って……あの、辺境の、ですか?」
アルウィン侯爵家で教えてもらっていた国内貴族のいろいろ。
だけど、たしか……辺境のブラウンス伯爵家って。
「う……、よく覚えていたな、オレの家名なんて」
「そりゃあ覚えてますよ」
これでも一時期は、侯爵家の婚約者でしたから。国内の貴族の家名やら、勢力図やら、覚えるのは必須技能です。
「まあ、正解。戦争起これば防衛前線。平和な時だって、開拓だのなんだので、鍛えまくっている肉体派貴族」
「だから、ウォルター先生って、大きいんですね」
だって、今でさえ、わたしとウォルター先生の身長差って、すごい。
わたしの頭のてっぺん、ウォルター先生の胸あたりまでしかない。それにウォルター先生、軽々とわたしのこと、持ち上げるしね。
「……これでもオレは、ウチの一族の中では……チビで不出来なんだ……」
「うそぉっ!」
今明かされた、衝撃の事実。
「だから、ジードと一緒に魔法を覚えて、あの辺境から逃げてきた……」
ふっと、遠い目で、ウォルター先生は、どこかを見た。
「先生で、チビ……。わたしなんて、子どもを通り越して、こびとさんじゃあ……」
青ざめたら、ウォルター先生は笑った。
「まあ、昔の話だ。今じゃもう、おやじだって引退しているし、兄貴は……全盛期かな……。ぶん投げられたら魔法で対抗すれば……」
あ、ははははは。ぶん投げちゃうんだ。こんなにも大きいウォルター先生を。
怖いを通り越して、お会いするのが逆に楽しみになってきた。
それをウォルター先生に伝えようとしたら……。
いきなり後ろから、ぐいと、わたしの腕を引っ張られた。
「きゃっ!」
後ろにつんのめりそうになったわたしを、ウォルター先生が抱き寄せる。
「おいっ! なにしやがるっ! レシュマから手を放せっ!」
ああ、びっくりした。
振り返ってみれば、わたしの腕を引っ張ったのは、ずいぶんと顔のいい修道士様だった。
なんだろう?
喜捨をお願いします、とか?
落とし物でもしたっけ?
「お、おまえ……」
ウォルター先生は、修道士様の顔を見て、目を見開いた。
ん? 先生の知り合い?
修道士様は、わたしをじっと見たまま何も言わない。
ウォルター先生もそれ以上何も言わなかった。
見つめあったまま、そのまま……えーと?
「どうしましたか? あ、もしかして、あなたもシャボン玉欲しいの?」
「あ、えっと……」
モゴモゴと、覚えてないか……とか、なんとか? 何か言ってきたけど、よく聞こえない。うーん……なんなんだろう。ま、いいか。
とりあえず、リンゴくらいの大きさのシャボン玉を一つ作って、それを修道士様に手渡した。
「はい、どーぞ」
ぐっと差し出したら、修道士様は、つられたみたいに受け取った。
「大事にしてくれたら、結構長い間、割れずにいますよ」
修道士様は、はくはくと口を開けたり閉じたりした後「あ、その……、僕は……」と、またモゴモゴとしていた。
まだ何かあるのかなと思ったけど、ウォルター先生に「……行くぞ、レシュマ」と言われたので「はーい」と答えて、修道士様に背を向ける。
ウォルター先生が修道士様を振り向いて、「大事にしねえから、壊れるんだよ」と低い声で告げた。
変な言い方だなと思って、わたしはちょっと首をかしげる。
だって、まだ壊れていない。
渡したばかりのシャボン玉は、修道士様の手の中で、光を反射してキラキラ輝いている。
「壊れないように大事にしてね……とかじゃぁないの?」
不思議に思って、そう聞いたら、ウォルター先生がびっくりした顔で、わたしを見た。
「……レシュマ、おまえ、気が付いてない……?」
「何がですか?」
「今の、修道士……」
「はい?」
あ、やっぱり、ウォルター先生の知り合いだったのかな?
「あれ……、アルウィン侯爵令息だぜ?」
「え?」
スティーブン様? 今の修道士様が?
だけど、もう、振り返ってみても、修道士様が本当にスティーブン様なのか、それともウォルター先生が見間違えているのか、わたしにはわからない。
あんなに、好きだったのに……ね。
嫉妬して、それを無理に押し殺して、暗い落とし穴を落ち続けるような気持ちで、泣いて泣き続けた辛い過去。
忘れたわけではない。
思い出すことだって、できる。
だけど、それは……すでに、希薄で。
淡く、薄れた、遠い記憶。
いつか、そのうち。シャボン玉のように、輪郭をなくして消えるだろう。
「気が付かなかった。髪の毛がないからかな……」
「髪の毛って……レシュマ……」
ウォルター先生が、心配げにわたしを見てくるから、冗談めかして言いつつ、修道士様……スティーブン様と思しき人の様子を再度窺う。
スティーブン様らしき修道士様は、わたしが渡したシャボン玉を胸に抱えながら、地面に膝をついていた。
蹲って、俯いているから顔が見えない。
そうして、手に力を込めてしまったのか、シャボン玉が割れた。
肩を震わせているのは泣いているのだろうか?
そんな様子を見ても、もう、何とも思わない。
ううん、違う。
今わたしが大事にしたいのは、もうスティーブン様ではないというだけ。
過去を懐かしむことはあっても、壊れたものを修復しようとは思わないだけ。
魔法のシャボン玉。
光の花冠。
魔石のネックレス。
抱き上げてくれる優しい手。
今のわたしの大切な人。
「ウォルター先生、シャボン玉、作って」
子どもみたいに甘えた口調で言った。
「ああ、いいぜ」
アルウィン侯爵家のウォーターガーデン。初めて会った時のように、ウォルター先生が、にっと笑って指を鳴らした。
大小さまざま、数えきれないほど。
それらが軽やかに舞い上がり、風に流され飛んでいく。
光を反射して、七色に輝いて。
視界いっぱいに広がるシャボンの玉。
ああ……、夢みたいに、きれい。
「見てろよ、レシュマ」
ウォルター先生が空に……シャボン玉に向けて、手をかざす。そして右から左へとゆっくりと動かす。
なんだろうと思って見たら、シャボン玉は、ゆっくりとした動きで、その形を花へと変えた。
太陽の光を浴びて、七色に輝く大輪の花。
わたしだけではなく、お祭りに参加している人がみんな、空に浮かぶ光の花を見上げている。あんまりにきれいで……声も、出ないほど。
浮かんでいた光の花が、花弁に分かれる。はらはらと散って、みんなの頭の上に降り注ぐ。
そうして、地面に落ちる寸前で、光の花弁は煙のようにふっと消えた。
「すごい……」
「だろ?」
ああ、ウォルター先生って、なんてすごい魔法使いなんだろう。
感動していたら「……嫌な記憶は、きれいなもんで消してやれ」とか、ウォルター先生がぼそりといった。
……嫌な記憶って、スティーブン様との再会? わたし、もう、気になんてしていないのに。
でも……、ウォルター先生の気持ちが嬉しいな。
辛いとき、悲しいとき。いつだってウォルター先生はこうやってわたしを笑顔にしてくれる。
だから、わたしもさっきのウォルター先生のつぶやきには気が付かないふりで言った。
「先生の今の魔法、わたしにも使えるかなぁ……」
「ああ、良いぜ。教えてやる」
「ほんと⁉」
「かなり大変だけど、まあ、レシュマならできるだろ」
「やったーっ!」
わたしは飛び上がって、ウォルター先生にしがみつく。
「ウォルター先生、だーい好きっ!」
晴れわたるこの空の、彼方まで届くように、全力で。わたしは大好きと、そう叫んだ。
‐終わり‐
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