第12話 離別
それから。
スティーブン様とわたしの関係は、ずっとそのままだった。
変わらないスティーブン様。
どんどん魔法に傾倒していくわたし。
ウォルター先生に習う魔法だけではなく、ジードさんも時折ではあるけれど、ミラー子爵家にやってきて、音声魔法とか、いろいろ教えてくれるようになった。
それから、アルウィン侯爵夫人に連れられて、わたしはいろんなお茶会に参加させてもらっていた。
ドレスも、最初は用意してもらっていたけれど、魔法使いのローブがあるからと、ドレスは辞退して、魔法使いの姿でお茶会に参加した。
そうしているうちに、わたしは周囲から「アルウィン侯爵家の跡継ぎの婚約者」ではなく「アルウィン侯爵夫人に後援をしてもらっているミラー子爵家の魔法使い」として、周囲に認定されていった。
わたしも、自己紹介をするときには敢えて、スティーブン様の名前は出さないようにしていた。
「ミラー子爵家のレシュマです。アルウィン侯爵夫人の援助により、国家認定魔法使いとなりました。本日は皆様にいくつかの魔法を披露させていただきます」
それが、わたしの挨拶の定型文。
そうやってお茶会に参加したり、魔法協会から依頼されるお仕事にも参加させてもらったりしているから、スティーブン様と過ごす時間がものすごく減った。
ミアさんとメイさんは相変わらず、スティーブン様にべったりだ。
わたしを見下したり「レシュマ様は~、スティーブン様より魔法のほうがお好きなんですね~」なんて言ってくるけど、もう、わたしは何とも思わなかった。
いやむしろ、そう言ってくるミアさんの言葉に「そうね。わたし、スティーブン様より、魔法が好きなの」と、心の中では思っていた。
アリスさんが気を遣うみたいに目配せをしてくる。
その視線にはありがとうとは答えて。
だんだんと、少しずつ。
わたしはスティーブン様に心が動かなくなっていった。
スティーブン様にミアさんとメイさんがべたべたしても、涼しい顔をしているわたし。逆に、ミアさんたちのほうが次第にイライラとし始めた。
あるとき……貴族学園に入学するほんの少し前。メイさんから、いきなり問われた。
「レシュマさまはぁ、あたしたちがぁ、レシュマ様よりぃスティーブン様に大事にされているってことぉ、どう思うんですかぁ」
睨みつけながら、わたしをあおるように。
アリスさんが顔をしかめたけど。わたしはメイさんに、平然と答えた。
「どう思うも何も。わたし、最初にスティーブン様から『醜い嫉妬はするな』って命じられているもの」
「え……?」
メイさんもミアさんも、きょとんとした顔になった。
わたしが反論するとは思わなかったらしい。今までは何も言わずに、ただ下を向いていただけだから。
「婚約を結ぶときに言われた言葉、繰り返しましょうか? 『醜い嫉妬なんて、しないでよね。レシュマ、君なら、そんな感情は抱かないで、僕の大事なアリスやミア、メイともうまくやっていけると期待しているからさ』です。忘れてなんか、いないわ。スティーブン様が大事なのは、メイさんにミアさんにアリスさん。わたしはあなたたちに嫉妬なんかしないで、うまくやっていくことをスティーブン様に命じられているの。ねえ、そうですよね、スティーブン様」
スティーブン様から言われたその言葉を、自分で言葉に出してみたら。
ほんの僅か残っていたスティーブン様への思いが、ふっと消えた。
空に飛んでいったシャボン玉。
高く高く飛んで、そして、淡い光と共に消えてなくなる。
まるで最初から、なにもなかったかのように。
そうして久しぶりに、わたしはまっすぐに正面から、スティーブン様を見た。
天使のように綺麗な顔だな……とは思ったけど、それ以上の感想は、もう抱かなかった。
「ああ……そうだよね。確かに、僕は、レシュマにそう言ったね……」
今更ながら思い出したと言わんばかりのぼんやりした声で、スティーブン様が言った。
「ですから、わたしは後ろに大人しく控えています。大事なのはミアさんにメイさんにアリスさん。わたし、ちゃんと、弁えておりますから」
平然と答えて、平然とお茶を飲む。
そんなわたしに対して、優越感を抱くはずのミアさんとメイさんは……口元を歪ませた。
それは、きっと、ミアさんとメイさんが、アルウィン侯爵夫人に「もうそろそろスティーブンも貴族学園に入学するから。子守りや幼い遊び相手ではなく、一緒に学園に通える学友が必要になるわね」と言われたからだ。
スティーブン様が貴族学園に入学した後に困らないようにと、近頃、同じ年の令嬢や令息が、アルウィン侯爵家にやってくるようになった。
アルウィン侯爵家と交流のある、伯爵家や子爵家、それに男爵家の御令嬢たちも。
平民のミアさんたちは、彼らの前で、スティーブン様にべたべたすることはできない。彼らはスティーブン様の婚約者ではなく、学園に入学後のご学友になるのだから、排除することもできない。
と、言うよりも、スティーブン様がご学友になる皆様と交流している間は、別室で待機だ。同じ部屋にいて、壁際で控えることもできない。そう、アルウィン侯爵夫人に指示されている。
スティーブン様にとっては新しい友人や夫人候補がやってきたようなものだろう。
嬉々として、ご令嬢たちと交流をするようになった。
子どもって、新しいおもちゃに目移りするよね。
ミアさんやメイさんやアリスさんにではなく、新しくやってきた令息や令嬢に、スティーブン様は興味津々なのだろう。彼らとの交流が楽しくて仕方がないのだろう。
ミアさんやメイさんの気持ちになんか、気が付かないままのスティーブン様。
ミアさんやメイさんがいくら「あの人たちとの交流なんてしなくてもいいじゃない。ミアとメイと一緒に過ごしましょうよ」なんてことをスティーブン様に言っても、スティーブン様は頷かない。
「だって、彼らとの交流も大事なんだよ。学園での友人になるんだから。それに学園に通いだしたら、ミアたちと一緒に過ごせる時間は少なくなるんだし。大人しく僕の帰りを待っていてほしいな」
そういうふうに言われて、ミアさんもメイさんも、不満をどんどんためていっている。その不満を、わたしにぶつけようとしたのだろう。
以前だったら、メイさんからの問いかけに傷ついただろうし、ご学友予定のご令嬢たちに対しても嫉妬心を向けたかもしれない。
「学園入学後の、スティーブン様のご学友の皆様がた……、ご令嬢も多く含まれておりますが、わたしはミアさんにもメイさんにも、それらのご令嬢の皆様にも嫉妬心を抱くことはありません。それが、スティーブン様の、お望み、ですからね。ミアさんもメイさんも、スティーブン様のお気持ちを尊重したらいかがですか?」
淡々と、答える。
わたしの心はもう、スティーブン様にはない。
ミアさんやメイさん、スティーブン様になにを言われても、心が動かない。
それよりも、スティーブン様にかまけている時間がもったいない。もっと魔法を勉強したい。
なのに……。
ウォルター先生に、先日、言われたのだ。
「そろそろ契約は打ち切りだ。そうアルウィン侯爵夫人から言われた」と……。
元々、そういう予定だったのは知っている。
わたしが、ウォルター先生に魔法を習えたのは、アルウィン侯爵夫人の意向だ。
スティーブン様の、侯爵家の婚約者として、子爵家の娘では不足があるから、わたしの価値を高めようとしてくれただけ。
だから、わたしが魔法使いとして国家認定をされたその時点で、もうウォルター先生との契約は切られてもおかしくなかった。
だけど、アルウィン侯爵夫人は、鷹揚にも、もともと学園入学するまでとの約束だったから、そこまでは続けて良いわと言ってくれていた。
それだけ。
もう間もなく、わたしもスティーブン様も学園に入学する。
アルウィン侯爵夫人としては、わたしの魔法使いとしての価値をこれ以上上げる必要はない。あとは、アルウィン侯爵家の御令息の婚約者として、淑女教育を行えばいいだけ。無難に、貴族学園に入学して、卒業して、卒業後にわたしとスティーブン様の結婚式を挙げればいいだけ。
……ああ、嫌だな。
スティーブン様と結婚して、魔法とは縁のない生活を送る?
侯爵夫人としての社交にだけ、専念して。
そんなの、嫌。
もっともっとウォルター先生に魔法を習いたいのに。
雇用契約としてはもう無理でも、ウォルター先生との関係が切れるとは思ってはいなかった。
わたしのことを、弟子と言ってくれたし。
ジードさんみたいに雇用関係はなくても、同じ魔法使いの仲間として、わたしのところに遊びがてら、魔法を教えに来てくれるようになる……。
そう、思っていた。
それでいいと思っていた。
だけど。
貴族学園に入る前、最後の授業のときに、ウォルター先生が言った。
「アルウィン侯爵家との契約が終われば、オレは、隣国に行く」と……。
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