第11話 認定
「……というわけで、俺たち現役魔法使いの満場一致でレシュマちゃんは国家認定の魔法使いになりました。これ、魔法使いの証のローブです。サイズはあっているはずだから、着てね」
次の日、起きて。
そして、ジードさんにいきなりそう言われて。
ウォルター先生や他の魔法使いの人たちが着ていてたフード付きのコートというかローブを渡されてしまった。
ふんわりとした生地の、軽いローブ。
袖や裾だけではなく、背中の部分に、魔術師協会の紋章みたいなものも刺繍されている。その紋章っぽい図柄の下に、二百十二という数字も、図案化されて刺繍されていた。
「認定番号二百十二番がレシュマちゃんね。うちの魔法協会は、この国だけじゃなくて、近隣諸国あわせてになるから、その協会で魔法使いとして登録されているのが、設立当初からさかのぼって、二百十二人。レシュマちゃんは一番新しい番号。もうすでに寿命や事故や病気でお亡くなりになっている人もいるから、現状、魔法使いは、えーと、百人いるかいないかくらい。ちなみにかの有名な魔法使いのローレンス・グリフィン・ミルズ様はジャスト百番。ベン・ラッセル・ケンプ様が百三十三番ね」
わ、わたし、そんな有名なお二方と同じ、国家認定の魔法使いになっちゃったの⁉
わたしは面食らった……というより何を言われたのか、わからなかった。
「あ、あの、そんなに簡単に、国家認定ってされて良いんですか……?」
そう聞いたら、ジードさんとウォルター先生が顔を見合わせた。
「……ウォルター、レシュマちゃんってば自分がどのくらい高度な魔法を展開したのかわかっていないのかな……?」
「……シャボン玉作るのを遊びの延長だと思っているのかもな」
遊びとはさすがに思ってはいないけど、やりたいことだし、シャボン玉魔法の研究は、すごく楽しかったし……。
「壊れない上に人が入れるサイズのシャボン玉作るだけでも、そうとう高度だっていうのに。それを維持して、浮かして、飛ばしちゃうし。シャボン玉の中の空気とか、圧力とか、その他もろもろ、どれだけいろんな魔法を重ねていると思ってんのかなぁこの子……」
じとっと、ジードさんに見つめられてしまった。
あ、あれ?
「作った数は、百にも満たなかったけど、それでも立て続けに作り続けるなんてさ、どれだけ魔力を潤沢に有しているのさ」
「……まあ、オレが魔法を教えてきた中でもずば抜けている。魔力保有力だけじゃなくて、魔法に向かっているときの集中力も、えらいもんだしな……」
「簡単じゃないことを、簡単にやってるって、わかってる? レシュマちゃん?」
「え、えと……」
簡単ではなかったことは確かだけど。
ええと……。
「シャボン玉、作れて、楽しかったです……」
子どもの遊びとか言われなくて、良かったなって。ほっとしたんだけど。
高度?
そうなの?
ウォルター先生を見たら、「まあ、レシュマはすげえってことで」とまとめられてしまった。
えーと、こんなに簡単に認定されたら、あとはどうすれば……。
「まあ、そうだな。学会は今日と、あと明日。本来レシュマは今日発表する予定だったんだけど……」
「ま、発表時間になる前に、いきなりデモンストレーションていうか、発表しちゃったから。あとは、他の人の発表を聞いて楽しめば?」
ウォルター先生の後を引きついで、ジードさんがそう言った。
魔法っ!
たくさんの魔法使いの人たちの発表っ!
わあああ、全部見たい、全部聞きたいっ!
「あ、あの、ジードさんとウォルター先生も発表するんですか?」
全部聞いてみたいけど、特に、この二人の発表を聞いてみたかった。
「あー、今回俺たち、すんごい手抜きなんだよね……。しかもレシュマちゃんの魔法とちょっと似ているから、インパクトない……」
ジードさんが、期待させたらごめんと先に謝ってきた。
「俺は今年、学会の世話役にあたっちゃって。自分の研究、真面目にする時間、あんまり取れなくて……」
「だから、前からストックしておいたネタで、誤魔化すしかなかったんだよな……」
「まあ、魔法としては、そこそこ高度だからいいかー……って」
「……だけど、オレたちが一番最初に国家認定されたときの魔法の発展版でしかないからな……」
「まあ、ブーイングまでとは言わないけど、来年はもっとまともな発表しやがれって言われるよねえ……」
肩を落とした、ウォルター先生とジードさん。
ええと、よくわからないんだけど。
「ま、レシュマちゃん。まずはご飯食べて、ゆっくり他の人の研究発表、聞いて回って。それで今日の夕方くらいの俺たちの発表、見てみてよ」
「わ、わかりました……」
ウォルター先生と一緒にいろんな魔法使いの人たちの、いろんな魔法を見て回った。もちろん、もらったばかりの魔法使いのローブを着て。
そうしたら、出会う人達みんなに「ようこそ」とか「良かったね」とか「昨日のシャボン玉、もう一回やって見せてよ」と声をかけてもらった。
すごく嬉しい。
ワクワクして、ドキドキして、迎え入れてもらって。
すごく楽しい学会だった。
学会というか……たくさんの魔法を見ることができた、すごく幸せな時間を過ごすことができた。
ここに来る前は、怖いのかな、緊張するのかなって、肩ひじ張っていたんだけど。全然そんなことなかった。楽しくてうれしいだけだった。
手抜き、と言っていた、ウォルター先生とジードさんの共同発表は、全然手抜きなんかじゃなかった。
だって、手のひらサイズの球体に言葉をこめて、それを保存して、伝えるっていう音声魔法だよ⁉
こう……シャボン玉みたいな球体に向かって「お元気ですか」って喋るとする。その音声を球体が、まず記憶する。
その球体を別の人に渡して、その人が球体を割ると、「お元気ですか」っていう声が再生されるの。
すごいすごいって、わたしなんか大興奮だったんだけど。
だって、これ、声のお手紙みたいなものでしょう⁉
今言った言葉が、あとで相手に伝わるなんて、すごいと思うんだけど……。
でも、ジードさんの予想通り、他の魔法使いの人たちからは「以前に、お前たちが発表したやつの拡大再生版だろそれ。もっと真面目に研究しやがれー」とか、言われていた。
すごい魔法だと思うんだけど、ウォルター先生とジードさんが国家認定されたときの研究発表が、音声を遠くに伝える系の魔法だったらしい。
えー、でも、すごいことはすごいです。わたしもその魔法使いたいから教えてくださいって言ったら。
ジードさんから「レシュマちゃんは良い子だね……」って言われて、頭をなでられた。
それからなぜか「今後ともウォルターをよろしく。こいつ、老け顔だから、今はあれでも、年取ったら逆に若く見られるかもしれないから」とか言って、ウォルター先生に「うるせーっ!」と、怒鳴られていた。
わたしのほうが、ウォルター先生にお世話になっているんだけど。
うーん、ジードさんの言うことがわたしにはよくわからない。
そんな時間を過ごして、学会は終わって。
わたしはウォルター先生と一緒に、まずミラー子爵家に戻った。
お父様もお母様も、ルーク兄様も、わたしが国家認定の魔法使いになったことを喜ぶよりも驚いていた。
それから……当然なんだけど、アルウィン侯爵家にも報告に行かなくてはならなかった。
まずお手紙で、国家認定の魔法使いになったことを報告して、それからご挨拶に行きたい旨を書いた。
わたしのお父様とお母様、ルーク兄様とウォルター先生も一緒にアルウィン侯爵家に向かう。
アルウィン侯爵家では、侯爵様と侯爵夫人、それからスティーブン様が、そろってわたしを迎えてくれた。
侯爵様は口では「おめでとう」と言ってはくださったけど、なんだかあまり興味がなさそうだった。
侯爵夫人はもう、すごく喜んでくださった。
「息子の婚約者が国家認定の魔法使いなんて、鼻が高いわ。これでもう、単なる子爵家の娘と侮られることは、なくなるわね」
と、鼻息荒く言ってきた。
……ああ、やっぱり、子爵家の娘では、侯爵令息の婚約者としては不足なのだなあ……とは思ったけれど。わたしは、別に、傷なんか、もう、つかなかった。
なにをどう思われても、アルウィン侯爵夫人のおかげで、わたしはウォルター先生に出会い、師事し、そして、国家認定の魔法使いになれたのだから。
「またお茶会を開くわね。そうしたら、その場で、レシュマさん。あなたの魔法をお客様たちに披露してくださる? きっと皆様喜ぶに違いないわっ!」
侯爵夫人は、自分の息子の婚約者が、単なる子爵令嬢ではなく、こんなにすごい魔法使いなのだと自慢をしたいだけだと思う。
それでも、喜んでくれたこと、他のご婦人やご令嬢たちにわたしの魔法を披露してくれようとしていること、それら全てが感謝しかない。
「ありがとうございます。ぜひ。アルウィン侯爵夫人のために、がんばります」
わたしはそう答えて、頭を下げた。
礼も、子爵令嬢のそれというよりも、高位貴族にも通じるくらいに優雅に美しく行うことができるようになっている。
今のわたしのすべてを作っているのが、アルウィン侯爵家のおかげなのだ。
恩返し、というわけではないが、わたしの魔法が、アルウィン侯爵夫人のためになるのなら、それは嬉しい。たとえ、見栄の為でも。
ああ、そうだ。ウォルター先生とジードさんのあの音声魔法。あれをお茶会で披露したら、皆驚くだろう。
ウォルター先生が前にわたしにくれた、魔法で作った光の花冠。あれにチャレンジするのもいいかもしれない。
ウォルター先生に、まだまだたくさん教えてもらわないと。
がんばろう。
たくさんたくさん、魔法を覚えて、それを大勢の人に見てもらって……いつか、わたしの魔法で、みんなを幸せにできたらいいな。笑顔になってもらえたらいいな。
そんな大きな願いさえ、思ってしまった。
だけど。
そんなわたしを、スティーブン様は冷めた目で見ていた。
魔法より、僕を構ってよ。僕を大事にしてよ。
そう、スティーブン様の目が語っていた。
ご両親の前だからか、スティーブン様はそんなことを声に出して、わたしに向かって言ってはこなかった。
じとっと、不機嫌そうに、わたしを見ているだけ。
わたしは、その目線に気が付いてはいたけれど、わたしからも、スティーブン様には何も言わなかった。
ただ、わたしの頭の中に、ウォルター先生が前に言ってくれた言葉がずっと響いていた。
「酷いことを言うが、アルウィン侯爵令息は変わらない」
「だって、アイツ、現状、幸せだろ」
「変えられるのは、自分自身だけだよレシュマ」
「魔法、好きか、レシュマ」
「じゃあ……、お前の頭の中、魔法でいっぱいにしてやろう」
スティーブン様で占められていた胸の中。苦しくて辛くて……どうしようもなく、行き止まりだった感情。
その感情が、少しずつ薄れていっている。
なくなったわけではない。
薄くなった。
スティーブン様を前にしても、わたしはもう、苦しくも悲しくも……ない。
それを、自分自身でもはっきりと感じた。
スティーブン様は、変わらない。
わたしが……変わった。
わたしの心の中は、もう、魔法でいっぱいになって、魔法に夢中になって……スティーブン様を一番には思えなくなっている。
薄れていった感情。
淡くなった恋心。
それを、わたしは淡々とした感情で、見つめていた……。
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