第10話 学会

 王都郊外の山間部に位置する古城。

 それが魔法使いたちの集まる学会の発表の場……というか、魔法使い協会の本部とのことだった。

 馬車に揺られ、山道を登り、谷間にかかる橋をいくつもわたって、ようやくその古城にたどり着く。

 そうして古城の中にある広いホールに入った途端に、どよめきが上がった。

「ウォ、ウォルターが、女の子を連れてきたぞおおおおおおっ!」

「なんだと⁉ 嫁かっ!」

「いや、誘拐じゃねえか、幼女だぞっ!」

「マジかっ! 幼女⁉」

「ウォルターがついに犯罪に手を染めたかっ‼」

 フードのついた長いコート……ローブっていうのかな……を着た人たちが、何人も……というか、何十人も、わたしとウォルター先生をぐるりと取り囲む。わたしのお父さんくらいの年の人もいれば、長くて白いひげの、いかにも絵本の中の魔法使いみたいな人もいた。女の人もいる。髪の色も様々。

 そんな人たちに一斉に取り囲まれて、わたしは、思わずウォルター先生の背中に隠れてしまった。

「馬鹿言うんじゃねえっ! なにが幼女だ、誘拐だっ! こいつはオレの弟子っ! ちゃんと連れてくるって言っておいただろうがあああぁぁああっ!」

 ウォルター先生が怒鳴っても、何十人もの人たちは、取り合わない。

 一番背の高い、中年くらいの男の人が一歩進み出て、言い聞かせるようにウォルター先生の肩を叩いた。

「いいか、ウォルター。いくらお前がモテないからと言って、幼女を誘拐して、洗脳して、自分の嫁にしようなんて思っちゃいけねえぞ。それ、犯罪だからな」

 ウォルター先生が「ちがうっつってんだろっ!」と怒鳴っても、周りの皆さんは、温い笑みを浮かべて、一様に「うんうん」と頷くだけだ。

 ええと、どうしたら……。わたし、誘拐されてませんよ、それに幼女ではないですよ、もうすぐ十四歳になります……とか言ったほうがいいのだろうか?

 悩んでいたら、「あっはっは。ウォルターが本当に女の子を連れてきたから、みんな面白がってんだよ」と、緑色の髪の毛をした男の人が進み出てきて言った。わたしの瞳の若草色とは違って、カワセミの羽色のような鮮やかな緑だ。誰だろう?

「ジードっ!」

 ウォルター先生が、その鮮やかな緑髪の男の人に向かって叫んだ。

「やあ、ウォルター、久しぶり。せっかく手紙貰ったのに、手伝いに行けなくてごめん。それから、みんな、ウォルターをからかうのはその辺にしておきなよ。レシュマちゃんがびっくりしちゃってる。レシュマちゃん、本当にみんなが誘拐とか思っているわけじゃあないからね」

「あ……はい」

 親し気な笑みに、わたしはウォルター先生の背中から、一歩前に出た。侯爵家で習った通りの淑女の礼を、優雅に行う。

「ミラー子爵家の娘、ウォルター先生の弟子、レシュマです。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」

 幼女ではないですよ、という表明の為、きっちり頭も下げてみた。

「はい、よろしく。俺はジードと言います。そこのウォルターの相棒っていうか、悪友っていうか、長い付き合いの者です」

 あ……、そういえば、名前だけは聞いたことがあったかな、なんて、ちょっと思い出していた。

「えっと、ウォルター先生と一緒で、最年少で魔法使いになった人……?」

「あ、そうそう。だけど、レシュマちゃんが今日、魔法使いの資格を取れば、その最年少の肩書は返上になるね。ちなみにレシュマちゃんはどんな魔法を使うの? ウォルターが推薦してるってことは、相当の使い手……?」

「あ、えっと……」

 言葉で説明するのが難しいかなと思って、わたしは右腕で、大きな円を描いて、シャボン玉を作った。

「あの、こうやって、シャボンを作って……」

 で、その作ったシャボンの中にわたしはすっと入った。入るときにもシャボンは割れない。

 できるようになるまでは大変だったけど、今ではもう、呼吸するみたいに自然に、シャボン玉を作れるようになっている。

「こうやって、入って……浮かせます」

 床からウォルター先生の腰の高さくらいまでしか、まだ飛ばすことはできないんだけど。

 ホントはもっと、空高く飛ばせて、そしてふわふわと風に乗ってどこまでも飛んでいけたら良かったんだけど……。今日の学会には、そこまでは間に合わなかった。

 できたのは、作って、入って、浮かばせるところまで。

 だけど、ここまででも十分だろうとウォルター先生は言ってくれた。

 本当はこのまま、空高く、ずっともっと飛ばしたいなあ……と思う。

 それは、今後の課題かな。

「え、え、えーっ!」

 ジードさんが目をこれでもかというほどに見開いて、大きな声をあげた。あ、驚いてくれたみたい。

 周りの魔法使いの人たちも、「おおーっ」と声を上げてくれた。

「す、すごいじゃんっ! マジかレシュマちゃんっ!」

「あーっと、ジードさんも、シャボン玉に入ってみます?」

「え、良いのっ⁉ っていうか、できるの⁉」

「はい」

 わたしは、自分が入っていたシャボン玉を内側から突いて破裂させて、そのままストンと、床に飛び降りた。

「じゃ、そのままでいてください。ジードさんの周り、シャボンで囲みますから」

 ジードさんの周りを、円を描くように右手で一周して、シャボン玉を作る。そして、そのままふわりと、シャボンを飛ばした……というよりも、持ち上げた。

 うう、ちょっと重い。

 でも、ウォルター先生よりは軽いから、大丈夫、飛ばせるはず。

 ジードさんを入れたシャボン玉は床から離れて、そして、ふわふわと、床のすぐ上あたりを漂った。

「うっはー、おもしろっ! マジ浮いてるよっ!」

 あー、すっごく喜んでもらったみたい。良かった、ほっとした。

 胸をなでおろしたら、ウォルター先生が「そうだろ、そうだろ。レシュマのシャボン玉魔法、すげえだろ」と自分の自慢みたいに、言ってくれた。

「あー、この魔法どのくらい持つの?」

「えっと、中から突いて破裂させればすぐに壊れます。そのままふよふよ漂わせているのなら……そうですね、十分くらいは持ちます」

「へー……」

「今後もうちょっと研鑽して、長時間保つようになったら、床の近くで漂う……じゃなくて、空高く飛べたらなーって思っています」

「ほー……」

 そんな会話をしていたら、「私も」「俺も」「シャボン玉に入りたい」と他の魔法使いの人たちが、わたしのほうに寄ってきた。

「えっと、はい。じゃ、順番に……」

 シャボン玉を作っては飛ばして、また作っては飛ばして。

 それを何回繰り返したんだろう?

 三十回か五十回か、もっとかもしれない。とにかく繰り返していたら、目が、くらりと回ってきた。

「おっと、レシュマ、その辺でストップ」

 くらくらして、倒れそうになった背中を、ウォルター先生が支えてくれた。

「魔力、使いすぎだ」

「はい……」

 貧血みたいになったら、ウォルター先生が抱き上げてくれた。先生の心臓の鼓動が聞こえる。とくんとくんって優しい音。魔力が切れかけたのと、安心したので、眠たくなってくる……。

「ジード、どっか、レシュマを休ませる部屋、あるか?」

「あるけど、その前に。ちょっと待て」

「なんだよ」

「はい、皆様。レシュマちゃんを仲間として認めてもいいよーっていう人、挙手を願いまーっす」

 賛成という声と、拍手の声。

 それを聞きながら、わたしはすうっと眠りに落ちていった。










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