第9話 変化
「よし、じゃあ、学会とか考えずに、レシュマがどんな魔法を使いたいのか、まず考えてみろ」
「わたしが、使いたい、魔法……」
ふっと浮かんだのは、ウォルター先生に最初に教えてもらったシャボン玉の魔法。
空高く飛んでいく、シャボン玉。
「シャボン玉の中に入って……それで、そのまま空を飛んでみたい……」
高く高く。太陽に向かって。もし、途中ではじけても、それでもいい。
だけど、ずっと消えないシャボン玉があって、それで、ずっとずっと永遠に、空を飛んでいられたら……。
子どもの夢、みたいだけど。ウォルター先生は「ああ、おもしれぇな。いいんじゃないか」と言ってくれた。
「そんじゃ、レシュマはまず、お前が入れるくらいのでっかいシャボン玉、作れるようになるところから考えてみろ。強度と保持力も考えてな。あと粘性かな。保水力とかもか。それができたら、お前が入ったままシャボンを浮かべる……つうか、飛ばす。飛ばすには、風の魔法も必要だろ。まあ、段階踏んで、一個一個」
「まず大きいシャボン玉……強度……保持力……」
「頭だけで考えてもダメだぞ。魔法でやる前に、実際に作ってみろ。やり方はこの間のシャボンの時と同じだ」
「はい……」
大きいシャボン玉。ずっと割れないでいられるように……。
あのときは、指……親指と人差し指でわっかを作ったけど……。わたしが入れるくらいの大きいわっか……。
「まあ、いろいろ考えてみろ。その間にオレはあちこち手配しておくから」
「手配……ですか?」
「ああ。まず学会に申請。それからアルウィン侯爵夫人の許可とかかな。うーん、ジードも呼んどくか……?」
ウォルター先生は首を横に傾げつつ、考えているようだった。
「ま、そういう雑事はオレに任せておけ。レシュマ、お前はとにかく体調を整えて、でっかいシャボン玉作ることだけ考えておけな」
「……ウォルター先生、ありがとうございます」
「ん」
照れたみたいに、ウォルター先生は笑った。その笑みに、わたしの胸の奥が、じわりと温かくなった。
☆★☆
とにかくまずは魔法。大きなシャボン玉。
わたしは、大きなたらいに石鹸液を作って手と手を合わせてわっかを作り、何回も、何十回もシャボン玉を作り続けた。
だけど、単なる石鹸水ではすぐにシャボン玉は弾けて消える。
「強度に保持力……粘性……だったら……」
水と石鹸だけじゃなくて、何かを足せばいい?
考えて、試してみて、また考えて。
どのくらい、繰り返したのかわからないくらいに何度も何度も何日も試し続けていた。
そうして、次にウォルター先生がわたしの家にやってきたときには、わたしが中に入れるくらいに大きなシャボン玉を作ることができた。
「見てくださいウォルター先生っ! シャボン玉だけなら魔法で作れるようになりましたっ!」
「お、おおう、もうできたのか。やっぱすげえなレシュマ……」
ウォルター先生が、わたしの作ったシャボン玉を指でツンツンと突いた。
だけど、割れない。というか、多少の穴が開いても、しばらくの間はシャボンの形を保っていられる。
「これ、どうやって作ったんだ……」
「えっと、ウォルター先生が、保水力とか粘性って言っていたから。まず、石鹸水にいろいろ入れてみて……」
「ふんふん」
「はじめは洗濯で使う洗濯のりだけでいいかなと思ったんだけど、なんか足りなくて」
「あー」
「で、お砂糖って濡れた手で触るとべたべたするじゃないですか。じゃあ、いけるかなーって、入れてみたら、割れにくくなりました」
「砂糖? どういう発想だよ……」
「ほら、お砂糖を水に溶かすとなんとなくべた~ってしますよね。そのまま加熱すると飴になって……」
「なるほどな」
「でも、テキトウに入れただけじゃ、うまくいかなくて。で、配合率かなーとか、いろいろ変えてやってみて」
「……その配合率は、どうやって決めたんだよ」
「え? お水10は固定して、洗濯のりは1・2・3……て10段階。洗剤も同じように10段階。お砂糖もです。で、全部の組み合わせを試してみましたっ!」
えっへんとわたしは胸を張ってみた。
ウォルター先生は「すげえな」って何度も何度も繰り返し呟いていた。
「才能つうか、根性っていうのか……。組み合わせを考えて、それを全部やってみたのか……。何通りあるんだよ……」
「えーと、いくつだろ? なんか夢中で」
「そっか、夢中か……」
目を細めて。ウォルター先生は優しい目でわたしを見てくれている。頑張ったなって、頭も撫でてくれた。
子ども扱い、みたいだけど。それでもわたし、自分の努力を認めてもらって、すごく嬉しい。
スティーブン様に、このシャボン玉を見せても「ふーん、で?」とか言われそうだけど。
スティーブン様のことを思い出したら、すごく胸がうずいた。
わたしの大好きな魔法。
だけど、スティーブン様は魔法に価値をおいてはくれないの。ウォルター先生みたいに「すごい」なんて言ってはくれないの……。
悲しいな。
「ああ、そうだ。学会のほうな、参加決定」
「ほ、本当に……?」
「別に難しいこっちゃねえんだ。参加資格なんて、現役の国家認定魔法使いの推薦さえあればいいんだから」
「そ、そんなに簡単に、できちゃうんだ……?」
「下手なヤツに推薦なんか出せば、他の魔法使いたちから馬鹿にされるから、めったに出さない。実力がなきゃな。だから、レシュマが今回の学会で魔法使いになれなきゃオレのメンツがつぶれるけど」
ひいっ! と思わず声を上げてしまった。
わたしが失敗したら、ウォルター先生に迷惑がかかるっ!
「もちろん自信があるから推薦したんだ。期待してっから、がんばれ」
「は、はいっ!」
もう、それからは必死で。
わたしはウォルター先生と一緒にシャボン玉の魔法の開発に励んだ。
☆★☆
学会までの約二か月間、まったくアルウィン侯爵家に行かないで、自分のうちで魔法開発に勤しんでいた……わけではなく。一度だけ、アルウィン侯爵夫人から呼び出されて、アルウィン侯爵夫人主催のお茶会に参加することになった。
「出資者への報告は大事だ。お茶会とやらでは、侯爵夫人が喜ぶような魔法を披露してみろ」
そうウォルター先生が言うから、前にウォルター先生がわたしに見せてくれた魔法の花というか花冠を作ってみたかったのだけれど、花の形を魔法で作るのは、まだまだわたしには難しかった。シャボン玉みたいな球体なら、いくつでも作れるようになったんだけどな……。
「だったら。小さい丸っこい粒を集めてネックレスとかどうだ? ほら、真珠みたいな感じで」
ウォルター先生に言われて、わたしは真珠っぽいネックレスやティアラを、お茶会の席で、いくつも魔法で作ってみせた。
それを、アルウィン侯爵夫人だけではなく、お茶会に参加したたくさんのご婦人やご令嬢たちに渡す。
虹色に輝くネックレスやティアラは、ほんの十分程度で消えてなくなってしまうけれど、それでも大好評だった。
魔法の学会に参加して、そこの発表が認められれば、国家認定の魔法使いになれるかもしれないということも言った。
ご婦人方やご令嬢たちがみんな頑張って、と言ってくれた。
アルウィン侯爵夫人も「期待していますよ、レシュマさん」と笑顔を向けてくれた。
だけど、せっかくアルウィン侯爵家に来たというのに、スティーブン様はお茶会には参加していなかった。スティーブン様のお部屋の前まで行ってみたけれど、スティーブン様はわたしに会ってもくれなかった。
代わりにアリスさんがスティーブン様の部屋から出てきてくれたけど「すみません。気分が悪いそうで……」とだけ、わたしに言った。
「やっぱりわたしが魔法を使うことは……スティーブン様は嫌がりますか?」
アリスさんに聞いても仕方がないんだけど、そう言ってしまったら、アリスさんは困ったような顔になった。薄く開けられていた扉の向こうからは、ミアさんとメイさんの大げさなほどに明るい声が聞こえてきた。
いつも通り、スティーブン様は、ミアさんとメイさんと楽しく過ごしているらしい。
そう思っても、不思議と前ほど絶望的な気分にはならなかった。
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