第8話 選択

 うちの国……というより近隣諸国を含めて、魔法を使える者はかなり少ない。

 多少使えたとしても、ウォルター先生みたいに国家認定の魔法使いになって、職業としての魔法使いになっている人は、更に、もっと少ない。

 そもそも平民では魔法を使える者はほとんどいないし、貴族で突出した魔法の才能があったとしても、長男とかだったら魔法の道に進むのではなく、領主として生きなくてはならない場合もある。

 だから、裕福な貴族で、次男や三男。

 そうでなければ魔法学校に進むことなんかできない。とにかくお金も時間もかかるからね、魔法を習うには。

 ウォルター先生みたいな個人教授をしてくれる家庭教師について学びたいと思っても、魔法の家庭教師は数が少ない。そして、高額だ。子爵家程度の財力では、ウォルター先生ほどの魔法の先生を、お願いすることは、費用的にそもそも無理。先生を雇ってくださったアルウィン侯爵夫人には感謝しかない。

 わたしが最初に魔法を習った初級魔法の先生なら、魔法学校を卒業すればなることはできる。だけど、そんな初級魔法の先生たちは、国家認定はされてはいない。

 ただ、魔法学校を卒業すれば、国家認定の魔法使いになるための試験を受けることはできる……というだけ。試験の合格者は、数年に一人いれば良い方らしい。

 つまり、めったに合格者は出ない。

 わたしの初級魔法の先生は、魔法の学校は卒業したけれど、国家認定試験には落ち続けて、わたしみたいに初めて魔法を習う子どもたちに、初級魔法を教えつつ、自分の魔法を研究して、それで年に一回行われる試験に挑み続けている……とのことだった。

 なのにいきなり、ウォルター先生は「お前をこの国で、正式な、最年少魔法使いにしてやる」なんて言い出して。

 ええと、どういうこと?

 わたし、今からすぐにでも、魔法の学校に行くの?

 でも、学校に行って、卒業して、国家認定試験を受けて……って、それ、何年かかるの? 正式なってことは、国家認定の魔法使いになるってことだよね?

 しかも、最年少って……。

「ええと、最年少って、何歳……」

「ああ、オレとジードってやつが、今のところ最年少で国家認定の魔法使いになった。それ、オレとジードが十五歳の時」

「ウォルター先生が、最年少国家認定魔法使い……っ⁉」

「オレとジードの二人が、だけどな。まあ、今のところ記録は破られていない」

 すごい先生だと知ってはいたけど、十五歳で試験に合格したの?

 え、ちょっと待って。

「わ、たし、が、最年少を目指すって……。今、わたし、十三歳……」

 しかも、もうすぐ十四歳になるよっ!

「つまり、実質一年ちょっとで、国家認定魔法使いになる……」

「一年もかけてたまるか。二か月でなれ」

「はあっ⁉」

 なんなの、その無茶ぶり。

 二か月って……二か月って……、魔法学校の入学申請書そろえて、試験を受けて、合格して入学して……って、あれ、時期的に編入試験になるの? わからないけど、でも、その程度の期間でしかないでしょう?

 どう考えても無理。

「魔法学校? そんなもん、まどろっこしくて通っていられるか。学校に通うことなんて必須じゃねえよ」

「え、だったら、学校に通わないで、いきなり国家認定魔法使いの試験、受けるんですか⁉」

 たしかに、学校に通わなくても、試験を受けて合格すれば、なることができる。けど……。

「試験なんて、年に一回じゃねーか。開催日、待っているだけで二か月なんて過ぎる」

「だったら、どうやって……」

 国家認定なんてされるというのか。

「ん? オレたち現役魔法使いの、年に一度の会合……っていうか、学会? 魔法使いの交流会兼成果発表会みたいなもんがあるんだよ」

「へえ……」

「そんで、オレとジードは魔法学校も試験もすっ飛ばして、その学会で、魔法の研究発表をした。それでそれが有益だっつーことで、魔法使いとして国家認定された」

 全部すっ飛ばして、いきなり⁉ 

 すごすぎませんか、ウォルター先生。

「だから、レシュマには二か月後に開催される学会で、何らかの発表をしてもらう」「う、うそぉっ!」

「それが有益っつうか、面白いって思われれば、晴れて国家認定魔法使いだ」

 二か月……、二か月で、有益な、発表……。

 できるわけはない。普通なら。

 だけど、ウォルター先生は……わたしにそれをやれという。

 ごくり、と唾をのんだ。

 ウォルター先生は、わたしにそれができると思っている……んだよね。だから、こんなこと言ったんだよね。

 魔法学校に通うことが夢だった。

 だけど、侯爵令息であるスティーブン様の婚約者となったからには、それは無理だと思った。

 だったら、魔法を習いたかった。

 幸いというのか、わたしは子爵家の娘で。侯爵令息のスティーブン様の婚約者としては身分が足りない。他の貴族たちから侮られる。そう思ったスティーブン様のお母様が、わたしにウォルター先生という有名な魔法の先生をつけてくれた。

 それは、わたしの価値を高めるため。

 侯爵家の嫁になる娘の価値を高めるため。

 だけど。

「……スティーブン様は……、わたしが国家認定の魔法使いになっても、喜ばないでしょうね……」

 だって、スティーブン様はわたしが魔法に夢中になることは喜ばない。

 スティーブン様の望むことは、ミアさんたちがスティーブン様にべたべたしても、わたしがにこにこしながら、側にいること。気が狂いそうなほどの嫉妬を抱えていたとしても、それを表に出さなければ、スティーブン様にはどうでもいいこと……なのだ。

「ああ。だけど、侯爵夫人は別だ。お前が単なる子爵令嬢ではなく、国家認定の魔法使い、しかも最年少になることは反対しないどころか、むしろ喜ぶんじゃねえの。自慢になるんだし」

「そう……ですよね……」

 侯爵夫人には反対されない。

 わたしの家族にも、きっと反対されない。

 わたしの、元々の夢。

「ただし、レシュマ。学会までの間、おまえ、魔法以外のことを考えている暇なんか、なくなるぞ。魔法に集中、できるか?」

 つまり、スティーブン様と交流をしたり、スティーブン様のことを考えている暇なんてないってこと……よね。

「……スティーブン様と、会えなくなる……」

「それでもいいのなら、アルウィン侯爵夫人に言って、二か月間だけ、魔法に集中させてもらう。お前の家族にも話を通す。やりたいか、やりたくねえか。どうするレシュマ」

 魔法。

 わたしの大好きな。

 スティーブン様。

 大好きだけど、苦しい。

「……二か月間、スティーブン様と離れたら。スティーブン様はわたしを忘れて、新しい婚約者を作るかもしれません……」

 まだ、そこまで、諦めきれない。

 どうしたって、好きなのだ。

 どうしようもなく。

 魔法も捨てられない。スティーブン様も捨てられない。捨てられたくない。

 どうしようもなく、わたしは、両方とも、欲しい。そう思ってしまう。

「いや、大丈夫だろ」

 ウォルター先生が、軽く言った。

「え?」

「侯爵令息がどうこう思っても、結局婚約者を決めるのは親だ」

「そ、そうですが……」

「たかが子爵令嬢というだけだったら、さっさと別のご令嬢と見合いをするかもな。だけど、レシュマ、お前はそうじゃない」

「え?」

「最年少の国家認定魔法使い。それになれる可能性がある。そんな金の卵、あっさり捨てるような馬鹿じゃねえよ、侯爵も、侯爵夫人も」

 そう……なのかな。

 でも、スティーブン様のわたしに対する心象は……悪くなる……よね。

 どう……しよう。

 迷う。

 心臓がバクバクする。血管の中を血が流れる音さえ聞こえてきそうなほど。

 だって、ウォルター先生の手を取れば、わたし、魔法使いになれるかもしれない。

 チャンスなのだ。

 スティーブン様のことさえなければ。

「……たった二か月で、わたし、本当に、最年少の魔法使いになれるんですか?」

 ウォルター先生の目をまっすぐに見て、わたしは聞いた。

「ああ。本当はもう少しゆっくりやるつもりだったんだけどな。元々オレがお前に魔法を教えてやれるのは、お前が貴族学園に入学するまでだ」

「あ……」

「貴族学園に入ったら、たぶん、レシュマ、お前が魔法に関わる時間なんてなくなると思う。アルウィン侯爵夫人が求めているのは、貴族学園に入学する前までに、お前の価値を、侯爵家にふさわしいものに高めること。学園に入学した後は……レシュマ、お前は、魔法なんか学ぶこともできなくなって、高位貴族にふさわしい令嬢教育を詰め込まされるだろうよ」

 そうだ。そうだった。

 アルウィン侯爵夫人は、親切で私に魔法を学ばせてくれているわけじゃない。

 価値を高めるための方法が、たまたま魔法だったってだけのこと。

 なら、わたしが十五歳になって、貴族学園に入学するまでしか、チャンスはない。

 目の前に、あるチャンスを、掴まないと、なくなる。

 そう思ったとたん、わたしは反射的に返事をしていた。

「やります。わたし、魔法使いになりたい」






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