おもしろいテープ

藤泉都理

おもしろいテープ




「っげ」


 弟はビデオデッキを前に蒼褪めてしまった。

 兄のおもしろいテープを見ていたのだが、急に画面が真っ黒になったのである。


 もはや、ブルーレイディスク、いや、ユーチューブの時代である。

 テレビ不要、スマホの時代である。

 ビデオデッキなんて、ネットオークションでしかお目がかからなくなってしまっている。

 そんな時代に、兄はまだ我が家のビデオデッキを、ビデオテープを重宝しており、おもしろい番組を録画しては、保存していたのである。

 そのテープが。

 ビデオデッキの中で、ぐっちゃんぐっちゃんにほつれ絡まりまくっていたのである。


『兄貴。ビデオデッキが壊れたら見れなくなるだろ。さっさとテープをブルーレイディスクに保存しておけよ』

『大丈夫だって。ビデオデッキを買えばいいだけの話だし』


 弟の脳裏に、いつぞやの兄との会話が光の速さの如く、通り過ぎて行った。


 そう。ビデオデッキが壊れたならば、ビデオデッキを買い直せばいい。

 しかし、テープが壊れた場合、どうすれば。


(い、いや。まだ、大丈夫だ。ビデオデッキからテープを救出して、もう一回中に巻き直せばいいだけの話よ。く。くく)


 大丈夫だ、落ち着け。

 ほつれて絡まったテープを元に戻したら、録画していたものがきちんと再生できていたじゃないか。

 できる、できるよ、自分。

 可能性を信じるんだ。






(よし。俺も兄貴に付き合わされて何度も何度も何度もこのおもしろいテープを見て来たじゃないか。俺がそれを再現したのをスマホで録画して、誠意を見せよう)


 ただ謝るだけではダメだ。

 誠意を見せなければ。

 テープの救出を諦めた弟は友達を招集して、早速再現映像を撮る事にしたのであった。





















「え?兄貴。まだこれ持ってたのかよ」


 数十年後。


 久しぶりに実家に里帰りしてみると、両親と同居している兄にこれ覚えているかと見せられたのは、一本のビデオテープだった。

 数十年前のあの日。

 兄のおもしろいテープをダメにしてしまった俺が友達を招集すると、なんと、友達がビデオカメラを持ってきたのである。

 父が使ってたやつがあったからさ、持ってきた、ちゃんとテープに録画できるぞ。

 ドヤ顔で言った友達にひれ伏したのは言うまでもない。

 脚立で固定してビデオカメラで、友達と兄のおもしろいテープを再現した映像を録画、玄関で待ち構えて、部活から帰って来た兄に土下座をすると同時に、テープを差し出したのである。

 兄は憤慨した。

 何だこんなもんいるかと、差し出したテープを叩き壊そうとするものだから、俺はせっかく友達と一生懸命作ったテープを壊そうとすんじゃねえと、兄に飛びついては、殴る蹴るを繰り返した。

 兄も兄気なく、弟の俺に殴る蹴るを繰り返した。

 両親に止められるまで、繰り返し続けては、一か月間、口を利かなかった。




「ま。今となってはいい思い出だし。あれも含めて、俺の中で一番おもしろいテープになったよ」


 しみじみと兄がそう言うものだから、俺は、あの時の暴力はまだ赦してないぜ大人だから言わないけどなと心中で言いつつ、だろうと満面の笑顔を向けたのであった。











(2024.6.18)



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おもしろいテープ 藤泉都理 @fujitori

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