第4話
昼休みのチャイムが鳴ると、男子たちはいっせいに教室を飛び出してグラウンドに向かった。みなサッカーをする場所取りのために必死だった。勇太は男子たちが玄関にいなくなったタイミングを見計らって階段を降りた。仲間外れにされているわけではないがスポーツが苦手で誘いを断るうちに声がかからなくなった。教室にいても女子たちの巣窟と化し居場所を奪われるので、学校の裏庭で誰の目にもつかないように過ごすのが習慣づいていた。裏には小規模な畑があり、いつも何かの野菜が植わっていた。その近くには当然、虫がいた。
勇太は片手では収まらないほどのトカゲを捕まえた。うっかり口元に指を近づければかみちぎられてしまうのではないかと思うほど大きかった。いつもは捕まえたら逃がすしかないが、このトカゲは絶対に飼いたかった。ただ虫かごを持ってきておらず、教室まで両手で優しく掴みながら慎重に運んで、筆箱に入れた。呼吸ができるようにわずかにチャックを開けておいた。
家に帰って筆箱を開けると、トカゲが筆箱のなかで白い糞をしていた。生臭い臭いが漂ってきた。ティッシュで白い液状の糞を絡めとったあと、鉛筆や消しゴムに付着した分も拭き取った。もう一度筆箱のなかにトカゲを戻し、母が夕飯づくりをしている隙を見てカップアイスを急いで食べた。蓋を爪楊枝で穴を開けてから、空になった容器にトカゲを移し入れたあとに蓋をし、机の奥に隠した。母がトイレのうちに家のパソコンで捕まえたトカゲを調べてみると、ニホントカゲの特徴と似ていた。ニホントカゲの入った容器を取りだして、靴を履くと履歴を消すのを忘れたことを思い出し、脱ぎ捨てて消しに戻った。
小屋の隅に置いた虫かごにはとうとう全て生き物が住むようになった。オオカマキリ、カブトムシ、そしてニホントカゲだ。
夏休みが終わってからは小屋にいられる時間が限られる。夏休みが明けて学校が再開すると、家に帰ってからすぐに小屋に向かい、日が暮れるまで虫かごの中にいる生物たちの世話や観察をしていた。オオカマキリがバッタの首に噛みつく姿、カブトムシがこっそり買ったゼリーを吸う姿、ニホントカゲがコオロギを食べる姿といった捕食シーンが勇太は好きだった。
その日も学校から帰ってすぐに小屋に向かうと、床板にはまた落ち葉が散らばっていた。板と板の隙間からの風で落ち葉が吹きあがってくるのかと思いながら見渡していると、隅に並べていた一番左の虫かごが倒れていた。近づいてみると中に入っているはずのオオカマキリの気配がない。よく確認するために虫かごを外に持ち出すと、オオカマキリの頭と肢、が虫かごの底に散らばっていた。
「うわ!」
バラバラになった虫の姿は捕食シーンで見慣れているが、大切に飼育していたオオカマキリが無残な死骸になっていると、頭がぐらりと揺さぶられるようだった。
虫かごを外に置いたまま、他の二つも取り出してきた。カブトムシやニホントカゲは無事で傷もないようだった。
「なんでカマキリだけこうなっちゃったんだろう……」
勇太は頭と肢だけになったオオカマキリを虫かご越しに眺めながら考えて見るが、全くわからなかった。
立ち上がって近くを見渡すと小屋の近くが雨で土が柔らかくなっていることに気づいた。勇太は手で土を掘って穴をつくったあと、カマキリの頭と肢を穴に入れてそのまま優しく土をかけた。人差し指くらいの長さの細い木の枝をこんもり盛った土に刺して、三度手を叩いた。
「なむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ……」
お盆のときにきいた住職のお経を口ずさみながら手を合わせた。背後から落ち葉の割れる音が聞こえ反射的に振り向くと、誰かが走り去っていくような気がした。竹藪を抜けて人影を追ったがすでにどこにもいなかった。
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