第1話

 勇太は昆虫や生物系の図鑑を五冊所有するほど生き物が好きだった。カマキリやトカゲ、ザリガニ。放課後や土日は家の近くの草むらや用水路で見つけるたびに母にうちで飼いたいとおねだりをするが許してくれたことは一度もなかった。母は虫が大嫌いで想像するだけで鳥肌が立つらしい。自分がいかに虫が嫌いであるかを武勇伝よろしく勇太によく語るが、反面、蚊を遠慮なく叩き潰していた。

 勇太の住むアパートを右に出るとアパートと住宅が混在しながら建っていた。しかし、その先の十字路まで進むと、角の一角だけなぜか竹藪になっていた。勇太は母からことあるごとに竹藪に入ることを禁止されていたが、生き物好きの勇太には竹藪が楽園にしか見えなかった。特に雨が上がったときの竹藪は、草と土の匂いがつんと漂ってきて虫の気配を強く感じるのであった。


 竹藪の前に立つと母の声色と怒った顔を思い出す。引き返そうとしたとき、バッタが葉から葉へ飛び移った。瞬間、棘の付いた緑のカマが伸び、バッタを捕らえた。葉と同じ鮮やかな緑をしたカマキリがバッタの首にかぶりついた。その光景を見て勇太は竹藪に入りたい気持ちを抑えることができなくなった。

 勇太は下を見ながら一歩ずつゆっくりと前に進んだ。虫を踏んでしまわないように慎重すぎるほどゆっくりと地面を踏みしめた。その間にもバッタやカナヘビ、蝶が飛び回っていて気づけば頬が緩み感嘆の声が漏れ出ていた。

 いつの間にか周囲を竹に囲まれていたが、少し奥に錆びた鉄のような色をした小屋があった。勇太は足元に注意を払いながら小屋の前まで進んだ。セミの鳴き声が小屋の中から聞こえてくる。小屋に窓はない。勇太はドアに耳を当てた。アブラゼミの泣き声以外、物音は聞こえない。ゆっくりとドアを開けるが、地面の落ち葉とこすれてしまい音が出てしまった。ただ咎める声は聞こえてこない。ドアを壁にしながら小屋の中を覗くと誰もいないようだった。

 床は板張で板同士の隙間が空いており、もう少し室内が明るければ地面が見えそうだった。古そうな小屋だったが一歩足を踏み入れると、軋む音はするものの、床板が曲がるようなことはなかった。窓がないトタンの壁で囲まれているので外からの光が入らず、ドアを閉めると真っ暗になりそうだった。室内には家具などの物が何もなく誰かが使っている気配がない。床には落ち葉が散乱しているので、誰にも使われていないようだった。

「秘密基地にしよう」

 勇太は自分でつぶやいたことが現実になるとわかると無意識に口の端が持ち上がった。

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